「60代編日本一周・第2部」 「奥の細道編」計画
[ 00.全国, 99.海外, z.その他, 著者:賀曽利隆, 賀曽利隆の「日本一周60代編」]
深川の旅立ちの芭蕉像
芭蕉の『おくのほそ道』はぼくの一番の愛読書。いままでに何回、いや何十回読んだかしれない。
とくに強烈な思い出として残っているのは、「サハラ砂漠往復縦断」(1987年~1988年)。200㏄のオフロードバイク、スズキSX200Rを走らせ、サハラ砂漠の往復縦断に挑戦したときのことだ。
軽量バイクで、徹底的に荷物を削り落とした軽装備でサハラの砂道を走破しようとした。ギリギリまで減らした荷物だったが、どうしても1冊だけ、本を持ちたかった。何にしようか迷ったが、何度でも読める本ということで、我が愛読書の『おくのほそ道』の文庫本にしたのだ。
一望千里の砂道を走り、サハラのオアシスにたどり着き、ナツメヤシの木陰で読む「おくのほそ道」はいつも以上に胸にしみた。
(左)白河関跡の芭蕉碑 (右)福島駅前の芭蕉&曽良像
まずは1本目のルートでサハラ砂漠を縦断し、ギニア湾岸・ベニンのコトヌーに到着。ここで隣国ニジェールのビザを申請したのだが、なんと2週間近くも待たされた。その間、何度、『おくのほそ道』を読んだことか。
海岸近くのキャンプ場に滞在したのだが、日中は暑くてまったく動く気もしないので、ココヤシの木陰に長椅子を置いて昼寝した。昼寝からさめると、『おくのほそ道』を読むというのが日課だった。
なにしろ暇なものだから、『おくのほそ道』の本文から、本文解釈、発句の評釈、曽良の随行日記、解説、芭蕉略年譜、歌枕解説と、一字一句のもれもなく、すべてを詠みつくした。
さらに芭蕉さんへの失礼もかえりみずに、次のような『おくのほそ道』発句10選を選んでみた。
- 草の戸も住み替わる代ぞ雛の家(深川)
- 行く春や鳥啼き魚の目は涙(千住)
- 夏草や兵どものの夢の跡(平泉)
- のみ虱馬の尿する枕もと(尿前)
- 閑かさや岩にしみいる蝉の声(山寺)
- 五月雨を集めて早し最上川(大石田)
- 暑き日を海に入れたり最上川(酒田)
- 汐越や鶴脛ぬれて海涼し(象潟)
- 荒海や佐渡に横たう天の河(出雲崎)
- あかあかと日はつれなくも秋の風(金沢)

(左上)飯坂温泉の芭蕉像 (右上)松島の五大堂
(左下)尿前関跡 (右下)尿前関跡の芭蕉像
『おくのほそ道』はすばらしい紀行文だが、それだけにとどまらず、ぼくは芭蕉の編集者としての能力にも驚かされた。文中に散りばめられた句の数々は 文章に添える写真のようなもの。また芭蕉の句と曽良の句を並べているのはじつに見事な発想。非凡な芭蕉の句の隣に平凡な曽良の句があると、芭蕉の句の非凡 さがよけいに際立ってくる。
ということで、ぼくをさんざん楽しませてくれた『おくのほそ道』を今回のテーマ編「60代編日本一周・第2部」では、徹底的に追ってみようということにした。計画の内容は次のようなものだ。
(出発)
2009年8月10日7時・東京日本橋
(期間)
2009年8月10日~2009年9月10日
(使用するバイク)
スズキST250
(コース)
東
京・日本橋を出発し、まずは旅立ちの地の深川へ。そして奥州街道の最初の宿場、千住へ。そこから関東の「奥の細道」の舞台をたどり、白河の関跡から東北に
入っていく。「奥の細道」といえばまさに東北がメインになるが、ルート最北の象潟まで行き、そこから日本海側を南下。北陸から結びの地、大垣にゴール。さ
らにそのあと芭蕉が目指した伊勢まで行き、最後に芭蕉生誕の地、伊賀上野に寄って東京・日本橋に戻ってくる。
(左)最上川河畔・清川の芭蕉像
(右)清川の芭蕉句碑
「奥の細道」はいままで何度となく断片的にはバイクで走っているので、それを今回、東京から大垣まで通して走ってみることにおおきな意義があると思っている。
なお、「60代編日本一周・第2部」だが、このあと「北海道遺産編」、「島編」を予定している。













←ラフレシア。熱帯植物です。





都内の











これが大チャーシューメン
あの










五戸まきば温泉を出発












