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道後平野サイクリング2(復路) 道後温泉・市内遍路 【愛媛・自転車・ソロ】
道後平野を横断するサイクリング。
この平野を流れる「重信川」の下流域の始まり付近にある「レスパシティ」でサイクリングは折り返し。
レスパシティの中にあるスーパーで遅めのお昼を調達して平らげたら、復路の出発だ。
同じ道を帰るのも何なので、途中から違うルートを走ることにする。
往路はいくつもの泉が湧く重信川のほとりの自然を楽しむコースだった。
帰りは、松山市内の四国霊場をお参りしながら道後温泉を目指す約19kmの「プチ遍路」コースだ。
往路に苦しめられた強烈な向かい風は復路では頼もしい追い風。
あんなに重かったペダルが信じられないほど軽い。
最速ギアで自転車道をまるで風のようになって走る。
往路では1時間ほどかかった道をたった15分で走り抜けた。
重信川に架かる「久谷大橋」まで河川敷の道を戻れば、この橋を渡る県道40号線を北上する。
するとすぐに四国霊場48番の「西林寺」に到着する。
ここで、少しお遍路について。
お遍路とは、88か所のお寺をめぐって四国を一周する巡礼・修行の旅。
弘法大師の足跡をたどる旅で平安時代に始まったとされる。
今もその信仰は四国には深く根付いていて、巡礼をする人は県内外から多く訪れる。
お遍路さんの格好は、白装束に菅笠、そして弘法大師の化身とされる金剛杖を持つ。
車や公共機関、観光バスを使い巡礼する方がほとんどだが、歩きで何十日もかけて巡礼する人も多い。
四国の道を車で走っているとそんな「歩き遍路」という人を多く見ることができる。
四国には「お接待」という風習が残っていて、お遍路さんをもてなすことで、自らの願いをお遍路に託すというもの。
その為、歩き遍路には四国の人はとても優しく、食べ物を頂いたり、時には宿を提供してもらったりなどということもある。
僕も四国に転勤したときはこのお遍路を自転車でやってみたい、そう思っていたがまだまったく何も出来ていない。
今回はここで、少しだけお遍路をしてみる事にする。
さて、まずは西林寺の仁王門をくぐる。
この門は、罪人がくぐれば地獄に堕ちるという恐ろしい門。少しドキドキしながら境内へ入り、お参りする。
通常、お遍路をするときには本堂・大師堂で読経し、納経帳に朱印をもらうなど、参拝の方法が細かく決められている。
だが僕はお遍路の格好していなければ道具も何も持っていない。この日は普通に参拝する。
僕がお参りしている間にもお遍路さんが次々やってきて、般若心経を読経している。
西林寺から県道40号線を北上。
伊予鉄道横河原線の鷹ノ子駅を左折して、線路沿いに道を走る。
看板を目印に、少し住宅地に入ったところに49番「浄土寺」がある。
市街地の喧騒がうそのように、静かで趣のある山門には長い歴史と人々の思いを感じざるを得ない。
浄土寺からは「日尾八幡神社」のある交差点を右折して北上する。
同じ県道40号線だが、ここからは「松山東部環状線」という名称がある。
途中、案内板を目印に県道から外れて上り坂を登って行く。
小高い山の裾野に、50番「繁多寺」がある。
山に囲まれた、自然の香が漂う静かな山寺。
もう時間が遅いということもあり、訪れる人の数もとても少なかった。
ちなみにお遍路さんは参拝をした印に納経帳に朱印をもらうのだが、その受付時間は午後5時まで。
すべてのお寺の共通の時間で、この時間を回るとお遍路さんは参拝ができなくなる。
そのため夕方5時を回ったお寺は、とても静かになる。
繁多寺から松山東部環状線をさらに北上し、石手川を渡ると、51番「石手寺」に到着。
道後温泉からほど近いこともあり、今までのお寺とは違い多くの観光客も訪れるお寺だ。
昔、この一帯を治める領主の男の子どもは生まれた時から左手を握ったまま開けなかった。
このお寺で祈祷をうけると、その手からこのお遍路の元祖とされる衛門三郎の生まれ変わりを示す小石が出てきたという。
その言い伝えがこのお寺の名前の由来で、安産祈願に訪れる人も後を絶たない。
お寺の入口には弘法大師の像があり、遍路用品のお店もある。
山門へと参道を進む。
もう時間は遅く、訪れる人の姿はほとんどない。
静かな参道は、とても神秘的で厳かな空気が漂う。
この先には鎌倉時代に造られた歴史ある山門が待っている。
黄昏空に三重塔がシルエットとなり、訪れる人がいなくなった広い境内は、不思議な雰囲気。
蝋燭の光に照らされた薄暗く静か境内に漂う線香の煙。昼間の喧騒が嘘のようで、仏が現れてもおかしくない。
石手寺の境内はとても広く、洞窟めぐりや、山の中を歩きまわってお参りする小さな霊場などがある。
今日はもう遅いが、今度はゆっくりと訪れてみたい。
石手寺の前の道を西へ向かって走ると、旅館が立ち並び始める。
ここが愛媛県最大の観光地、道後温泉。
聖徳太子も入ったと言われる道後温泉は日本最古の温泉。
そのシンボルであるのが「道後温泉本館」
その前の道は、以前は車や観光バスで大渋滞だったが、近年は石畳の道になり、車が入ってこれない。
夜でも多くの観光客や、浴衣を着た近隣の旅館の宿泊客でとても賑わっている。
道後温泉本館は、夜のライトアップがとても美しく、幻想的。
宮崎アニメの「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルとなったと言われ、すぐそばにはジブリショップもある。
明治27年に建築された本館は木造3層構造。
中には又新殿 (ゆうしんでん)という、皇族専用の浴室もある。
現在は使われておらず、有料で内部を見ることができる。
赤く輝く屋上にある楼閣は振鷺閣 (しんろかく)
純和風建築の本館にあって異色の光を放っている。
赤いギヤマンをはめ込んだ障子越しに放たれる光は、とても不思議で、幻想の世界へと誘われる。
振鷺閣の中には太鼓があり、朝・昼と夕方の3回、打ち鳴らされる。
朝の太鼓とともに、地元の人が一番風呂を求めて道後温泉の本館に訪れる。
そんな湯の町の刻を告げる刻太鼓の音は「残したい日本の音風景100選」にも選ばれている。
道後温泉本館の側面。
大衆浴場としてはとても大きく、重厚な造りは貴重で、国の重要文化財にも指定されている。
1階には浴室、2階には大広間、3階には個室がある。
本館の入浴には、入浴方法によって料金が異なる。
入浴のみ、大広間での休憩つき、個室での休憩つき、グレードが上の浴室の利用など。
休憩室を利用すると浴衣を貸してくれるので、この縁側からタオルを肩にかけて身を乗り出して風に当たるのが気持ちいい。
この道後温泉には、夏目漱石や正岡子規が足しげく通っている。
夏目漱石の小説「坊ちゃん」は松山に教師として赴任した漱石自身の体験をもとに書かれたもの。
小説で主人公は、道後温泉をモデルにした「住田の温泉」に毎日通っており、夏目漱石がこの温泉をいかに気に入っていたかがわかる。
ただし、漱石が松山で気に入ったものはこの温泉のみのようだ。
松山の町や住んでいる人の事は、「品がなくどうしようもない田舎者」のように相当に悪く書いている。
そんな松山をバカにした「坊ちゃん」だが、今では堂々と松山のイメージキャラクターになっている。
「坊ちゃんスタジアム」や「坊ちゃん列車」、「坊ちゃん団子」など、松山のものならなんでも坊ちゃんと名を冠しているのが不思議だ。
ちなみに道後温泉本館の3階には「坊ちゃんの間」があり、夏目漱石の松山での足跡を紹介している。
道後温泉の歴史は古く、周辺には歴史やレトロ感じる場所がたくさんある。
そのひとつ、伊予鉄道の「道後温泉駅」
道後温泉観光の入口となる路面電車の駅だが、駅舎にも電車にもレトロの香りが漂う。
路面電車には最新型も走っているが、古い電車には木の床の内装など、とても歴史を感じる車両もある。
特に夜の時間は、不思議な雰囲気に包まれ、平成の世にいることを忘れさせてくれる。
ここからは路面電車の線路沿いにJR松山駅を目指す。
途中、山の上にそびえる「松山城」がある。
夜はライトアップされていて、闇夜に浮かぶ美しい姿は松山のもうひとつのシンボル。
松山城のお堀を過ぎてもう少し西へ向うと、日本でここにしかない平面交差する線路がある。
伊予鉄道の列車の通過を踏切で路面電車が待つという、面白い風景が見られる。
この踏切を超えると、ライトアップされた歴史を感じる駅舎が見えてくる。
JR松山駅に到着。今回のサイクリングはここで終了だ。








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