最新投稿マップ

地図をクリックすると
最新投稿 MAP インデックスへ
ジャンプします。

最新投稿画像

Blogとライブ投稿の最新画像が見られます。

Feeds by まっぷるBlog

すべてのまっぷる Blogの中から最新の投稿を表示しています。


2008年9月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

RSSフィード

RSS(XML)フィード

2008年5月 8日 (木)

記事タイトル

四万十川キャンプオフ 【高知・四輪・グループ】

「もう四万十川に着いちゃいました♪」
空が明るくすらならない午前5時前。ハイテンションな携帯メールの着信で目を覚ます。
・・・早すぎっ。

このG.W、は僕のホームグラウンドである「四万十・川の駅カヌー館」でキャンプオフに参加してきました。
参加者は僕と同じ「まっぷる特派員」いわな太郎氏、寝太郎さん、yoshiさん。ヤフーブログからもメープルさんやオカン♪さんなど参加。
みんなアウトドアの達人揃い。
それぞれに得意分野をもった人が参加するキャンプ。どんな技や知識が飛び出すのかも楽しみ。
しかし僕以上に気合いが入っている寝太郎さんは何と夜明け前に神奈川から四万十川に移動完了。
続いて僕が車に荷物を詰め込んでいると、神戸からいわな太郎氏も只今僕が住む松山を通過したとメールが入る。
これだけみなさんが早く移動するのは、夜間割引や渋滞を避ける意味もあるが、一番の目的はサイトの場所確保。
ここカヌー館のキャンプ場は1人350円のフリーサイト。予約はできないのだが、逆をいえば早い者勝ちでいい場所が取れる。
「朝一番に到着すれば、確実にいい場所がとれる」と僕は言ったのは僕だが、僕の朝いちばんは10時くらいのつもりだったのだ。
一番近くの僕だったが、やや遅れての到着となった。
いわな太郎氏のご家族以外は初顔合わせ。しかし、ブログで各々がどんな事をしているのか知っているので初対面という気はしない。
あっという間に打ち解ける。これがブログオフの醍醐味でもある。
四万十・川の駅カヌー館のキャンプ場
僕が到着して間もなく、メープルさんも到着。
タープをポポールで連結して組み立てる。これは1家族のキャンプではできない大人数キャンプの醍醐味だ。
大きなタープ広場を中央にして、そのまわりにテントを配置する。これでプライバシーの確保も万全。
まだ空いている時間のフリーサイトならではの贅沢で機能的な設置が完了。
これから2日間の住空間を組み立てたら、フリータイム。
江川崎の四万十川
サイトの前を流れる、四万十川。その悠久の流れは美しい。
この日は青空で暑いくらいの夏日となった。川の水が冷たくてとても気持ちいい。
先着した寝太郎家やいわな家は子供と一緒にカヌーやエビ捕りに興じている。
僕も冷たい川に足を浸して、四万十の流れをこの身で感じる。
四万十流域の山々はとても栗の木が多く、この時期になると、独特のにおいが一面に漂う。
アマゴの塩焼き
いわな太郎氏が釣り上げてきたアマゴ。
その名の通り、渓流釣りを得意とする方らしく、見事な手さばきで塩焼きにされていく。
あまりもの暑さに、ここでいわな太郎氏とともに、ビールを解禁。
銘酒・銘菓勢ぞろい
参加者が持ち寄った各地の銘酒が勢ぞろい。
おつまみや銘菓もあり、夜の宴の準備は万全。
ランタン点灯
四万十川が夜に包まれると、ランタンに次々に火がともる。
ランタン各家族が持ち寄ってきたので、サイトはとても明るい。
料理開始
さて、各々のテーブルで自慢の料理がつくられ始める。
なんといっても、寝太郎家、メープル家の料理は豪快。おいしいものが次々に飛び出してくる。
さすがにこのあたりは持っている技術と道具が光る。
我が家のキャンプは「安宿」という位置づけなので「シンプルイズベスト」が信条。
すぐに片付けられるか、滞在しても途中でどこかに行くのが常なので、食事には時間をあまり割かない。
同じキャンプをするのにも、こんなにスタイルの違いがあるのかとつくづく感心させられる。
クックオフ
次々に料理が完成していく、。
プルコギやから揚げ、鶏ごはんや猪肉の焼き肉など続々と。
我が家もオムレツや豚のちゃんちゃん焼を提供。
料理がそろったら大人たちはテーブルを重ねてタープの下で楽しく談笑。
アウトドア話や子育ての話など、夜遅くまでおいしい料理と酒を片手に話に花が咲く。
マシュマロ焼
子供たちも、たき火台でいわな太郎氏が用意した「マシュマロ」を焼いて楽しむ。
このほかにも宝探しゲームやサンダルとばし大会、くじ引きなど、楽しいゲームが行われた。
主に寝太郎家、いわな太郎家の企画だが、子供が楽しむキャンプをよく知っておられた。
朝いちばんの収穫
翌朝。朝いちばんで早速いわな太郎氏がアマゴを釣り上げてきた。
感心する手さばきでさばき終えたら天日干し。これはとても絵になる。

2日目は各家族で自由行動。
まずは朝いちばんで家族対抗のくじ引き大会。
商品は昭文社から提供していただいた各種書籍。
我が家は「現代日本を創ったビックプロジェクト」を引き当てた。
特にレトロな近代建築物や産業遺跡の大好きな僕にとってもってこいの1冊。
昭文社さま、ありがとうございました~♪

続いて僕たちは四万十川を自転車で下り、沈下橋をめぐるサイクリングに出かけた。
四国カルストや四万十川源流、四万十川河口へと思い思いの場所へと各々出発する。
男のパエリア
夕方になって次々と帰還。
このキャンプ場から徒歩5分圏に温泉が2つある。
それぞれ好みの温泉に浸かったあとはさっそく晩ご飯をつくり始める。
この日は男が腕を振るう。
寝太郎さんのご主人がパエリアを作成。
寝太郎さんのお父さんの本格的カレーもとてもおいしい。
で、KUMA.はこんな料理は作れません。
得意の現地調達の食材で簡単に作れる「トレッキング料理」を作ってみたのですが、反応はいま一つ。
やはりシンプルな料理は、ひとりの世界で酒を片手に楽しむシロモノなんですね・・・
手ナガエビの地獄焼
翌朝。朝いちばんから再びいわな太郎氏がお勤め。
なんと、四万十川から手ナガエビを収穫。1匹だけだが、鉄板で地獄焼に。
「かわいそう・・・」身もだえるエビを見ながら子供たちの言葉。
スーパーに売っているものは加工されたものだからわかりにくいが、人間はこうして他の生き物の命をもらって生きている。
それを実感できるとてもいい機会だったに違いない。
同じ年代の子供をもつ家族同士のキャンプはとても楽しそうだった。
子供どうし、自然の中で楽しみ、いろいろなことを知る。
子供の教育にボーイスカウトなどがあるが、やはりこういった自然と仲間との触れ合いが情操教育にとても良いと感じた。

多くの型と交流も深められたし、いろいろ達人の技も見れたし。
大人も子供も楽しめたキャンプオフでとても良かったです。
・・・最終日に大雨降られたことをのぞいては。
雨は降らないという予報だったのに、誰だ雨を持ってきた人は(笑)


四万十・川の駅カヌー館の場所

2008年3月14日 (金)

記事タイトル

小笠原旅行記22・小笠原の土産に・・・ 【東京都・島旅・ファミリー】

コペペ海岸の戦跡から車に戻ると、あたりはかなり薄暗くなってきた。
もうすぐ夜が訪れる。
今日の夜は「ナイトツアー」に参加予定だが、それまでの間、ばっぷさんのお宅にお招きにあずかる。
ウッドデッキでの談笑
ばっぷさん宅はとても素敵なコテージ。
深い森に囲まれ、広いウッドデッキでは「宴」ができる。
リゾート地のコテージのような飾り気はなく、外国の南の島の現地の家のように素朴で、とても素敵だった。
旅人なら1度は憧れるライフスタイルが、そこにあった。

ここでビールを頂き、短い間だが、楽しく話をできた。
残念ながらばっぷさんはまだ車の運転があるので一緒には飲めなかった。
今度はゆっくり、満点の星空を見ながら、時間を気にせずに酒を酌み交わしてみたい。
楽しい時間はあっという間に終わり。
ばっぷさんには宿まで送ってもらい、「またいつか逢いましょう」と誓ってお別れした。

現在、ばっぷさんはこの家を離れ、農耕生活を楽しめる新居へと転居したそうだ。
さらにすばらしくなったと思われる家に、またお邪魔してみたい。
ダイダイ、シカクマメ、ハカラメ
さて、ばっぷさんからいろいろ手土産を頂いた。
どれも、小笠原の珍しいものばかり。

まず上の柑橘類の「ダイダイ」
白身魚にダイダイ酢にしてかけたり、焼酎に混ぜるとおいしいそうだ。
鯛の刺身に絞ってみたが、なかなかいい感じ。
特に焼酎にはよくあった。
芋焼酎に1/4を絞って大きなグラスで飲んだが、これがかなりいける。
とてもあっさりして飲みやすくなる。
ダイダイを混ぜたのは、これもブログで知り合った方から頂いた「種子島」の芋焼酎「島乃泉」。
まさに日本を代表する南国の、味のコラボレーション♪

つづいてその下にあるのは「シカクマメ」
天ぷらにして頂くととてもおいしい。
天ぷらには、小笠原で土産で買ってきた、その名も「小笠原の塩」をかけた。
小笠原の海から作った天然の塩で、いつくかある小笠原産の天然の塩の中でも最も歴史があるそうだ。
この塩もとてもおいしく、海と山の恵みが口の中にぶわ~っと広がった。
自生するハカラメ ハカラメの葉から芽が出た
【左】自生するハカラメ
【右】ハカラメの葉から芽が出た


さて、最後は一番右にあるのは「ハカラメ」という植物の葉。
ハカラメというのは「葉から芽」という意味の俗称で、「セイロンベンケイソウ」というのが正式な名前らしい。
ばっぷさんが、山歩きの途中に立ち止まり、自生するハカラメの葉(写真左)を2枚ちぎり、持たせてくれた。
「持って帰ってしばらくすると、芽が出てくるから」と言って渡してくれたのだが、大丈夫なのか?
枯れたりしないのか?と思っていたが・・・
なんと、自宅に持ち帰った葉から見事に芽と根がいっぱい出てきた。(写真右)
写真を撮ったのは小笠原から帰宅後1か月。
それまで特に水をあげたりしていないのに、暖かい部屋の中で、今もこの芽はすくすくと育って大きな双葉を広げつつある。
ハカラメの葉はとても肉厚で、この中に水分と栄養を蓄えているのだろう。
ネットでいろいろ育て方を見ていると、寒くなければなんとでも育つようだ。
すごい生命力。そして、すごく不思議な生命。
もうすぐ暖かくなる。そうすれば、我が家のベランダで植木鉢の上にこの葉っぱを「乗せて」やろうと思う。
それだけでも根は勝手に根付いて育つそうだ。

ダイダイとシカクマメはあっという間に胃袋に収まったが、ハカラメはこれからが楽しみ。
小笠原の思い出が、我が家のベランダですくすくと育ってくれると思うと、少しうれしい。

小笠原目次ページへ

2008年3月 7日 (金)

記事タイトル

小笠原旅行記21・コペペ海岸と戦跡群 【東京都・島旅・ファミリー】

初寝浦展望台を車で出発。
山の中を走りぬけた夜明道路はどんどん標高を下げ、海辺へと戻ってきた。
次にばっぷさんが連れて行ってくれたのは「小港海岸」
真っ白の砂、青い海の絶好の海水浴スポット。
マングローブ生い茂る八ツ瀬川が流れ込み、シーカヤックの絶好の遊び場でもある。
が、今日は天気が悪く大荒れ。ここの紹介は、後日シーカヤックに訪れた時の記事でします。
荒れるコペペ海岸
さて、小港海岸から車で走り、次に訪れたのは「コペペ海岸」
ギルバート諸島出身の先住民「コペペ」が利用していたことがこの海岸の名の由来らしい。
駐車スペースに車を停め、小さな川を渡るとビーチにたどり着く。
このビーチにも立派なトイレと東屋がある。小笠原のビーチはとても整備されている。
荒れるコペペを楽しむサーフィー
しかし目の前には荒れ狂う太平洋。
もうこうなると、単なる旅人は何もできない。
ただ、現地の真黒に日焼けしたサーファーたちだけが、このビックウェーブを楽しんでいる。
この海を眺めていると、地元のサーファーの人がばっぷさんと挨拶をかわし、荒れる青い海へと挑んでいった。
コペペ海岸の向こうには小港海岸
大荒れの海の向こうに見えるビーチが、先ほど訪れていた「小港海岸」
車ではずいぶんと大回りしたが、直線距離だとすぐそこだ。
「海が穏やかなら、車で行くより泳いで行ったほうが早いよ」とばっぷさん。

さて、ビーチを後にすると、ばっぷさんが僕のためにとある所に連れて行ってくれるという。
道標も何もない、ビーチ近くの道からばっぷさんは登山道に入っていく。
断崖絶壁のトーチカ
山道の途中から海を見下ろす。海の向こうに見える崖は確か、象鼻崎だっただろうか。
その断崖絶壁にぽっかりと正方形に穴があいている。
どう見ても人工的に作った穴。あれもトーチカだそうだ。
あの穴から島に接近する敵軍に砲撃を加えていたようだ。
小笠原の海岸には、あのようなトーチカが本当に無数に残っている。
トーチカ入口
さらに山道を奥に進むと、山の崖にぽっかりと穴があけられている。
入口はコンクリートで補強されていて、明らかに人の手で作られたものだ。
これがトーチカの入口。このようなトーチカがこの崖沿いにいくつも並んでいる。
ばっぷさんが連れてきてくれたのは、これらのトーチカのうちのひとつ。
ばっぷさんはそのトーチカの中に入っていく。
トーチカの内部
トーチカの入口は先日の雨でとてもぬかるんでいる。
真っ暗な中、差し込む明かりを頼りに奥に進む。
行き止まりでは先に進んでいたばっぷさんが大きな窓から海を眺めている。
なかなか絵になる風景だなぁと思っていると・・・

ばっぷさんの横にあるのはまさか??
今も残る旧日本軍のも大砲
大砲だ。
台座から脱落し、錆びついているが、まぎれもなくこれは大砲だ。
小笠原では人が立ち入らないような山の中には、いまだに旧日本軍の兵器が眠っていると聞いていた。
しかし、こうやって本物を見られるとは思ってもいなかった。
実際に戦争に使われていた兵器が、その現場でそのままの状態で見るなんて、本土では絶対にありえない。
信じられない、とてもショッキングな光景だ。
窓際に刻まれた数字は砲撃の角度を示したものだろうか。
恐ろしいほどの戦争の臨場感が、ここには未だにそのまま残っていた。
大砲が狙う青い海
今も大砲が狙い続ける青い海。
今は平和で穏やかなこの太平洋も、60数年前は恐ろしい風景が広がっていたのだろう。
ここに身をひそめて迫りくる敵と死の恐怖に兵士たちは戦ってたと思うと、何とも言えない気持ちになる。
今も小笠原の地は、戦争の記憶を今につなぎとめている

最後に、この大砲が残るトーチカの場所は非公開とさせていただきます。
トーチカ内部は崩壊の危険性もあり、貴重な戦争の遺産が眠る場所は軽い気分で訪れるべき場所ではないと思います。
比較的この場所の情報は現地で手に入るようなので、ここを訪れたい方は自身で場所を探すか、ツアーガイド同伴で訪れてください。

【コペペ海岸と戦跡群】
■My評価(5段階)
★★★★☆(4.5)

場所:東京都小笠原村父島コペペ
交通:二見港より車で約15分
駐車場:約5台、無料

コペペ海岸の地図

お出かけ地図へ

小笠原旅行記の目次ページへ

2008年3月 5日 (水)

記事タイトル

小笠原旅行記20・初寝浦展望台 【東京都・島旅・ファミリー】

引き続き夜明道路を走ると、車を運転するばっぷさんが速度をゆるめた。
道脇には駐車スペースと森の中に入っていく道。
ここが初寝浦展望台への入口だ。
林道で深い森の中を抜けると、海を見渡せる最高の場所にたどり着く。
初寝浦展望台からの眺め
初寝裏展望台からの北側の眺め。
傾いた日に照らされた山肌は、南国の様相。
そしてその向こうには、はるかかなたまで広がる水平線。
地球の丸さを実感できる。
初寝浦展望台から見下ろす初寝浦
初寝浦展望台から南側を眺めると見える、エメラルドグリーンの美しいビーチ。
これが「初寝浦」だ。
車が走る夜明道路から山の中を歩いて30分以上降りなければたどり着けない魅惑のビーチ。
ただでさえ、静かな父島のビーチだが、このビーチの静かさと美しさはその中でも格別だと聞く。
ここからは青い海だけでなく、小笠原の深い森も見下ろせる最高の展望台だ。
ノヤギのフン
この展望台の岩場付近は足元注意。これは「ノヤギ」のフンだ。
ノヤギとは、家畜として小笠原に持ち込まれたヤギが、野生化したもの。
現在その数が増え、小笠原の固有種・希少植物への食害が危惧されている。
また、増えすぎたノヤギが植生を食べつくしたため、大量の土砂が海に流出し、サンゴ礁の破壊なども起こっている。

現在、このノヤギに対しては「1頭残らず駆除=根絶」を目指して事業がすすめられている。
戦前に人が住んでいて、戦後無人島になっていた「媒島」「嫁島」などでは駆除は完了。
「兄島」などで現在は駆除作業が行われているそうだ。
ここ父島でも普通にノヤギは生息していて、現在は防護柵などでノヤギから希少種の被害を防ぎつつ駆除もしていくそうだ。

なんだかひどい話のように聞こえるが、ノヤギに食いつくされて露出した赤い土壌が青い海に流れ出している姿を見ていると、致し方ないようにも思える。
すべては人間が移住のために連れてきたのが始まり。
人間によって狂った生態系を人間が元に戻そうとする。ヤギたちにとっては何とも迷惑な話だろう。

小笠原で駆逐されたノヤギは聞いた話だと、そのまま地面に埋められるそうだ。
食肉として流通させるには、保険所の検査が必要。
しかし、小笠原には保険所が無い。
東京まで駆除したノヤギの肉を運び、検査して流通させようとすると、コストが高すぎる。
ただ「殺す」だけにならないよう、何とか島の中だけでも流通できないかと、関係機関と調整するためのNPOも先日立ち上げがったそうだ。
穏やかな自然が残る小笠原ではあるが、その自然は今破壊や変貌の危機に直面しているのだ。
林道脇に眠る戦跡
初寝浦展望台には、旧日本軍の通信所跡が残っている。
この付近を元アメリカ大統領、ジョージ・ブッシュが攻撃中に撃墜されたそうだ。
展望台にある戦跡は銃撃を受けた形跡があり、戦争のあとがひしひしと感じられる…
と、言いたいところなのだが、この建物への落書きはひどい。
青や赤などカラフルな落書きがされていて、見るに堪えない。

しかし、展望台から夜明道路に続く林道の脇の深い森の中にも大きな戦跡が眠っている。
(上の写真は林道付近から見た戦跡)
こちらは落書きもされておらず、当時のままの姿を残している。
初寝浦展望台の戦跡の内部1
窓から内部を覗いてみる。
とても広い建物で、今は何もない。
地面に何か機械を置いていたような台座の跡がある。
ここに発電施設があったという話を聞いたことがある。これは発電機のタービンの台座だろうか?

この建物の奥にも落書きがある。
しかしその落書きの日付は1977年。ちょうど30年前だ。
その頃の若者が書いたものだろうか。
30年前の落書きが残っているというのも、不思議な気分だ。
とはいえ、もうこれ以上、ここに落書きを増やすのは、もちろん許されない。
初寝浦展望台の戦跡の内部2
建物の内部。
どこかしらレトロな雰囲気が漂う。
しかし天井が一部はがれたり、2階部分の床が崩落している。
中に簡単に入れるが、やはり入るのは危険だ。

しかしこの建物はとても重厚な造りだ。
分厚いコンクリートに鋼鉄の窓枠。おそらく分厚い鉄板で窓をガードしていたのだろう。
それだけ頑丈な造りなのは、ここが重要施設だった証拠。
それだけに、この建物のあちらこちにらも、戦闘機から受けた銃撃の跡が外壁に物々しく残っていた。
「首なし尊徳像」
初寝浦展望台の入口付近にある、おなじみの二宮尊徳像
と、思いきや、なんと首がない。
これは旧日本軍が大村小学校から運んできた二宮尊徳像を、占領中のアメリカ兵が首を切り落として持ち帰ったらしい。
この尊徳像も、その身をもって戦争の悲惨さを伝えようとしているようでもあった。

【初寝浦展望台】
■My評価(5段階)
★★★★☆(4.5)

場所:東京都小笠原村父島
交通:二見港から車で20分
駐車場:約5台

初寝浦展望台の地図

お出かけ地図へ

小笠原旅行記目次ページへ

2008年2月28日 (木)

記事タイトル

小笠原旅行記19・旭平展望台 【東京都・島旅・ファミリー】

東京へと旅立つ「おがさわら丸」が見えなくなったら、再び自転車を走らせる。
登りと違い、あっという間に自転車は街に戻ってきた。
さて、ここからどうしようと思っていると、また携帯電話が鳴った。
今度は小笠原に到着したときから会おうと連絡を取り合っていた知人である。

彼の名は「ばっぷ」さん。
彼とはネットで知り合ったのだが、知り合った時に住んでいたのはなんとニューカレドニア。
その後この小笠原に移り住んだのだが、ついに実際に会える機会がやってきた。
なんとも不思議な出会いである。

「おがさわら丸」の荷役作業に従事していたが、船が出港したので仕事は終了。
知人から車を借りたので、今日は1日島の中を案内してくれるという。
なんというありがたい申し出だ。
妻に自転車を宿に返却しに行ってもらい、僕は町にレンタサイクルを返却した後にばっぷさんと落ちあうことにした。

が、ばっぷさんを待っているともう一人の知人、シンガーソングライターの千葉太郎氏から電話が。
どうも今日は会えそうにないという。こちらもばっぷさんと1日行動することになったので、また会おうと電話を切る。
が、電話が終わらないうちに軽バンが僕の前に止まった。
ばっぷさんだ。

ついにばっぷさんと初の対面。
初の対面とはいえ、彼は自分のホームページにある程度の写真を載せているので、その風貌は大体知っていた。
それでも「いつか逢いましょう」と言い続けて2年近く。
お互い固く握手をして、初対面を祝う。

さて、このばっぷさん、島では荷役などの仕事に従事しているが、もう一つの顔を持っている。
著書に「ニューカレドニアで逢いましょう(文芸社)」を持つ作家なのである。
もちろん、印税だけで食べられないと、島でいろいろ仕事をしているそうだが。

仕事あがりということもあり、作業服姿のばっぷさんは見た目は工事現場のオジサマである。
とてもひげ面に作業服がよく似合う。
しかし、その正体は、フランス語ペラペラで、美しい日本語を操る文才なのである。
そして農耕と釣りでロハスな生活を楽しむナチュラリストなのでもある。

さて、妻とも宿で合流し、ここから車で父島の山の上に連れて行ってくれる。
父島の中央には標高300mほどの山々がそびえ、それらを結ぶように道路が走っている。
「夜明道路」と呼ばれるこの道路、小笠原の深いジャングルを身近に楽しめ、青い海を見下ろせるとあり行ってみたいと思っていた。
しかし、この道路を登るにはママチャリではきつい。車やレンタバイクなどが必要なのだが、あまりものレンタル料の高さに諦めていたところだ。
ばっぷさんが案内してくれるのはとてもありがたかった。
夜明道路
▲夜明道路

宿泊する「サンライズ奥村」のからすぐの所に、この夜明道路の入口がある。
九十九折りに道を登っていくと、青い海がどんどん下に広がっていき、山が近くなってくる。
そして道は山の稜線に出たのか、島の東側の海を見下ろせるようになったところでばっぷさんは車を止める。
ここが「旭平展望台」とのことだ。
兄島瀬戸
旭平展望台は道路脇にあり、車をとめる場所と見渡しのいいスペースがあるだけだ。
しかし、ここからの展望はとても素晴らしい。
左下に見えるのは、ここ父島の断崖絶壁。
そして向こうに見えるのは兄島である。
兄島には人は住んでおらず、手つかずの自然が残っているのがここから見てもよくわかる。
兄島と父島の間の海は「兄島瀬戸」と呼ばれ、常に早い潮が流れている。
そのためか、この周辺の海はとてもきれいだと聞く。

実は、あの向こうの兄島に空港を造り、この瀬戸に大きな橋を架ける計画があった。
今は撤回されたが、この風景を見ていると、さすがにあの島に空港は造ってほしくないと思わざるを得なかった。
旭平展望台から見下ろす長崎
崖下の「長崎」という岬を見下ろす。海はとても青く透き通っている。
天気はいまいちで、連日の時化で海が荒れていてもこの透明度だ。
小笠原の海の美しさを改めて感じる。
しかしこの父島の岩肌はどこも赤茶色い。
小笠原の島々は海底火山の噴火でできた火山島。そのことが崖を見ているだけでもよくわかる。

またここ旭平展望台は初日の出の名所。
写真にはないが、ローソク岩という切り立った岩があり、そのローソク岩に初日の出をともした姿を拝むカヤックツアーがあるそうだ。
ばっぷさんもそのツアーに参加したことがあるという。
小笠原の自然の美しさを感じた場所だった。
地図
【旭平展望台】
■My評価(5段階)
★★★☆(3.5)

場所:東京都小笠原村父島
交通:二見港より車で約15分
駐車場:有り(約5台)

お出かけ地図へ

小笠原旅行記目次のページへ

2008年1月 7日 (月)

記事タイトル

小笠原旅行記 【東京・島旅・ファミリー】


外国よりも遠い日本・・・
それが小笠原。
東京都でありながら、東京から船で25時間30分もかかる場所。
交通手段は船しかなく、航空の便はない。
しかも、その船が出るのは、月にたったの5~6便。
まさに日本の中で一番遠い場所・・・

今までずっと行きたかった場所。
だが、そのアクセスの悪さになかなか満足できる日程が取れず諦めていた矢先だった。
今回の正月に僕の休みと、船の航行予定がぴったりと重なったのだ。
導かれるように、僕は小笠原に旅立った。

本土は猛烈な寒波に襲われる中、小笠原は初夏を思わせる日射し。
日本で一番遠い場所は、常夏の南国だ。
鮮やかな緑と、美しいエメラルドグリーンの世界。
青い海に現れた鯨と、波に乗って遊ぶイルカたち・・・
そして、出会いと再開。
久しぶりの「旅」
それは新しい年の素晴らしい幕開けとなった。

■記事リンク■ (記事作成のつど、この下に目次リンクが作成されていきます)

◆1 旅立ち
◆2 試練のはじまり 
◆3 太平洋での越年と初日の出
◆4 父島到着 
◆5 海に還る 
◆6 大村海岸 
◆7 小笠原ビジターセンター 
◆8 聖ジョージ教会
◆9 ホライズンドリーム 
◆10 小笠原の買い物事情 
◆11 おがさわら丸・ホテルシップ 
◆12 サンライズ奥村 
◆13 奥村地区を歩く
◆14 大神山神社
◆15 宮乃浜 
◆16 父島要塞大村第二砲台跡 
◆17 三日月山展望台(ウェザーステーション)  
◆18 おがさわら丸見送り 
◆19 旭平展望台 
◆20 初寝浦展望台 
◆21 コペペ海岸と戦跡群 
◆22 小笠原の土産に・・・ 
◆23 ジャングルナイトツアー 
◆24 八ツ瀬川でシーカヤック 
◆25 小港海岸 
◆26 中山峠プチトレッキング 
◆27 PAPAYAツアーに参加 
◆28 憧れの南島  
◆29 クジラと遭遇!! 
◆30 母島へのクルージング  
◆31 ドルフィンスイム  
◆32 母島東港のシュノーケリング

2007年9月 5日 (水)

記事タイトル

夏の石鎚山登山4 ◆シコクイチゲと登山者の輪

東稜を這い上って来た男性登山者にいろいろと東稜のコース状況を聞く。
この男性は相当石鎚山に精通しているようで、僕の質問にもそれ以上の答えを的確に返してくれた。
そして、彼は秘密の場所に案内してくれた。
シコクイチゲの花
「シコクイチゲ」
愛媛県の固有種で絶滅危惧種。
四国山脈でも極めて険しく高い山が連なる赤石山系と、ここ石鎚山系の高所の岩場にのみ生育する多年草だ。
愛媛県のレッドデータブックにも登録されているほど、個体数は極めて少ない花。
こんなに手に取るようなところで見れるとは思わなかった。

個体数が極めて少なくなった原因はササの侵入ともいわれるが、盗掘も少なからず発生している。
ここは登山道のすぐ脇に咲いているが、険しい細い稜線上の道。
足元に気を取られ、なかなか登山者はこの花に気付かないそうだ。
この他に咲いている場所は、断崖絶壁の岩肌。
人が寄り付くことができない危険な場所に、にしがみつくように咲いている数輪を見つけただけだ。

夏の光が、真っ白な花を眩しく光らせる。
その姿はまさに純白無垢。
清らかなイメージの花であるが、本当に穢れを知らない純粋な雰囲気がある。
しかし、美しく咲く花は、険しい山の岩肌にしがみついて生きる、たくましい存在でもあった。
御来光の滝を見下ろす谷
深い谷を見下ろしながら、僕は以前訪れた「御来光の滝」がどこにあるか男性に訪ねた。
ここから滝は見えにくいが、あそこにあると、教えていただいた。
「あの滝へ行くコースはおいわさんという人がネットで紹介してから多くの人が訪れるようになった」と男性。
「僕もおいわさんに御来光の滝に連れて行ってもらったんですよ」

おいわさんという方は、愛媛の山や滝を多く訪れ、その訪問記をホームページにアップしている人だ。
実際に愛媛でアウトドアスポットをネットで調べると、検索で必ずと言っていいほどおいわさんのページにたどりつく。
そのおいわさんのホームページに触発されて僕もホームページを作り始めた。
いわば、僕のホームページと愛媛の山の師匠である。

この男性はおいわさんとネットで交流がある方とよく山に登っているそうだ。
共通の知人がいることで、話題は一気に盛り上がる。
弥山から見上げる青空
青空はとても深く、宇宙の色を映しているようだ。
空の青と草木の緑がとても気持ち良い。
奥の山肌に一本の筋が横に走っているのは、石鎚スカイラインだ。
石鎚の自然の懐奥深くまで切り込む道路。
手軽に石鎚の素晴らしい自然を満喫できる便利な設備であると同時に、環境破壊だという声もある。
あの道を利用してここにたどりついた僕にとっては、何とも複雑な気持ちである。
老人がひとりで住む集落
男性が石鎚の山麓にある集落を指さす。山間に切り開かれ、数軒の家と田畑が見える。
あの深い山の中の集落には、80歳を越える老人がひとりで住んでいるそうだ。
とても信じられない。
多くの人が住む町から、深い谷をさかのぼり、さらにその谷から山を随分と登ったところにある集落だ。
この谷には昔は多くの集落があったが、今はあの集落に年老いた男性がひとり住むだけらしい。
以前、あの谷の奥にある名瀑「高瀑」おいわさんと訪ねたが、その時に廃村を通り抜けた。
つい最近まで人が住んでいた様子の村だが、もう誰も住んでいない。
住人を失った家は静かに戸を閉じて眠り、心のよりどころであった神社も静かに森の中に埋もれていく。
あの集落もいずれはそうなるのかと思うと、少し悲しくなった。
お会いしたことがない老人ではあるが、元気にいてほしいと思った。
西ノ冠岳
目の前に鎮座する山は「西ノ冠岳」(1894m)
雄大な風景を見ながら、頂上付近で男性と休憩する。

自己紹介をお互いにし、僕が昭文社の特派員をしていることを説明すると、男性はこう言った。
「昭文社といえば、登山地図を清家先生が書いているはずだ」

男性がいう「清家先生」というのは、「山と高原地図、石鎚・四国剣山」の筆者、清家一明氏のことだ。
お会いしたことはないが、僕が勝手に師匠と呼ぶおいわさんがよく、「清家先生」と呼ぶ方の主催する山行会に参加している。
おそらく、おいわさんが呼ぶ「清家先生」も、清家一明氏なのだろう。
相当四国の山に詳しいおいわさんだか、その詳しさは清家先生から学ぶことが多ようだ。
ネットや実際の行動を通して、さまざまな所で人脈はつながっていく。そう感じた瞬間だった。
それと同時に、僕も清家先生にお会いしてみたくなった。
「二ノ森」、「堂ヶ森」
西へと延びる、四国山脈。まさに四国の屋根、背骨である。
「二ノ森」(1929m)、「堂ヶ森」(1689m)と並ぶ。
他にもいくつもいくつも山を連ね、山脈ははるか彼方まで続いていく。
さあ、頂上での楽しい時間は終わり。そろそろ山を下ることにする。
この美しい雄大な風景とも、しばしの間お別れだ。
二の鎖小屋から見上げる石鎚頂上
二の鎖小屋まで降りて来た。
振り返ると、先ほどまでいた、頂上の稜線が断崖絶壁となって頭の上にそびえ立っている。
ここから見ると、頂上の険しさがよくわかる。
石鎚山頂上直下の断崖絶壁の
石鎚山の頂上をアップで(二の鎖小屋から)
右から「弥山」(石鎚山頂上)、真ん中が「天狗岳」(石鎚山最高峰)、左が南尖峰だ。
こうやって見上げると、頂上や稜線の足元は断崖絶壁になっている様子が手に取るようにわかる。
あの鋭く磨かれた岩の稜線の上を端から端まで歩いたのだ。
すごいところ歩いていたんだなぁと、歩いたルートを思い返す。

ここまで下れば、危険な場所は少ない。
あとはゆっくりと、男性の案内で花を愛でながら山を下る。

地図

お出かけ地図へ

2007年6月11日 (月)

記事タイトル

白猪の滝と唐岬の滝2 ◆白猪の滝  【愛媛・四輪・ソロ】

唐岬の滝へ訪れるために山の上へと登った国道494号線を今度は下る。
細く見通しの悪い山道を慎重に下っていく。

さて、無事に山道を抜け、快適な2車線の道に戻る。
そして、もう少し下ると、白猪の滝(しらいのたき)の駐車場に到着する。

駐車場に入ると、30台ほど車が停められるスペースがある。
トイレや完備されていて、白猪の滝への訪問の立派な基地である。

車を下りると、ふと目の前に見たことのある車が目にとまった。
この車はもしかしてと思っていると、知った顔の人が向こうからやって来た。
ネットで知り合った、「おいわさん」だった。

おいわさんは、登山や滝めぐりのホームページを持っておられ、 愛媛の山の情報をネットで調べると必ずと言っていいほどおいわさんのページがヒットする。
僕は4年前に愛媛に転勤でやって来た。
住んだことのない新天地の情報をネットで調べているうちに、おいわさんのホームページにたどり着いた。
そして、その影響で自分もホームページを作るきっかけになった。
おいわさんはいわば、僕の「ネットでの情報発信」の師匠である。

そして、この白猪の滝を愛媛で一番精通しているのが、おいわさん。
白猪の滝の「水先案内人」と地元新聞でも紹介されたくらいで、そのホームページでの白猪の滝の情報量は膨大である。

ちょうどおいわさんも白猪の滝に、他のネット仲間の方と訪れたところ。
ご一緒させていただくことになる。

滝へは駐車場の奥の橋を渡り、大きな堰堤の横にある階段を登る。
よく見ればこの堰堤、うり坊のレリーフがかたどられている。
ここでの水量で滝の水量が判断がつくとおいわさん。
田植えの準備で農業用水の取水で水が少なくなっているが、滝の水量は大丈夫だろうとの事。
さすが水先案内人だ。
おいわさんは植物にも精通しており、道すがら珍しい花と群生地をいろいろと教えていただいた。

勾配のきつい林道を15分ほど歩くと、駐車場にたどり着く。
ここは白猪の滝の有料駐車場(300円)
体力に自信が無く、車の運転に自信がある方は、ここまで車で来るのも良い。
有料駐車場からは滝へは歩道が続く。
白猪七釜イチリンソウが咲いていた
【左】「白猪七釜」とネットで名づけられた美しい流れ
【右】イチリンソウが咲いていた
白猪の滝全景
有料駐車場から約10分。長いゆるやかな階段が現れると滝へはもうすぐ。
階段を登り、谷間を左にカーブするといきなりその景色が飛び込んでくる。
『白猪の滝』
川を渡る木造の橋の上から、白猪の滝の全景が見られる。
白猪の滝は落差96m、上段と下段の2段に別れている。
遊歩道の奥の東屋まで行くと、滝の上段は見えなくなる。
白猪の滝下段
滝の下段。
これだけでも相当の高さがある。(映っている人の背丈と比べると一目瞭然)
滝の下段は幅が広く、落ちるというより降るという感じだ。
白猪の滝は温暖な愛媛にありながら、冬場は凍結して氷瀑になる事で有名。
厳冬期には、この岩肌は見事な氷とツララに覆われる。

【白猪の滝氷瀑レポートはこちら】
■2004年度(完全凍結) ■2005年度  ■2006年度 ■2007年度

白猪の滝・滝つぼ付近
滝つぼまでは容易に近づける。
深い場所もなく、滝に打たれることも可能だ。
滝から降り注いだ水が流れる滝つぼ付近はとても涼しい。
マイナスイオン飛び交う、清涼な空間は、訪れる人を癒してくれる。

さて、今日は滝を下から見上げただけでは終わらない。
滝の上段と下段の間に登るルートがあるので、今日はこのルートで滝の中段へと向かう。
滝の中段に出れば、上段の滝を間近に拝め、下段の滝を上から見下ろせるのだ。
しかし、このルートは一般にはお奨めできない。
脆く急な斜面を這い上がり、断崖絶壁を横切らなければならない危険なルートだ。
普段、登山に軍手を使わない僕だが、この滝の上に出るルートのためだけに今日は軍手を用意したくらいだ。
装備不足や道のコンディション不良のため、滝まで僕もたどり着いたことが無いが、今日は装備もコンディションも万全。
この道を整備し、ロープをかけたおいわさんにルートの最終確認を行い出発する。

お奨めできないルートなので、詳細はここには記載しない。
しかし用意した軍手がドロドロになり、冷や汗をかいたころ、やっと僕は安全な岩場にたどり着いた。
その岩場から、少し藪をこぐと、河原に出た。
その河原こそ、前から行きたかった、白猪の滝の中段。
白猪の滝上段
これが白猪の滝の上段。
下段と違い、水の流れは集められ、勢い良く流れ落ちている。
白猪の滝下段・落ち込み口
白猪の滝下段の落ち口。
地面がばっさりと切れていて、この下は断崖絶壁になっている。
上段から流れ落ちた水は、この棚を流れ、そして、ここから宙へと再び飛び出す。
白猪の滝下段落ち込み口から見下ろす
恐る恐る断崖絶壁を覗き込む。
ひゃあ~、怖いっ。
遊歩道の行き止まりにおいわさんがいるが、豆粒のようになっている。
圧倒的な高度感に足がすくむ。
もう少し、滝の雰囲気を撮りたかったが、残念ながら僕の度胸ではこれが限界。
光り輝く白猪の滝上段
滝の上から見下ろす景色を楽しんだら、そろそろ下へ戻ろう。
そう思った時、谷間にちょうど日が差し込んできた。
差し込んできた光は滝を流れ落ちる水しぶきを照らしだした。
美しい水の流れが眩しく光り煌めく。
思いがけずに見れた滝の美しい姿に感激する。
虹がかかった白猪の滝下段
そしても谷間に降り注ぐ光は、下段の滝をも美しく彩った。
雨のように降り注ぐ下段の滝に、見事な虹が浮かび上がった。
木や岩に手をかけていないと転げ落ちそうな急斜面だが、この滝が見せる美を写真に撮らない手は無い。
足場を見つけ、木に手をかけて必死にカメラをザックから取り出す。
写真を撮り終わった後は、不自然な体勢のまま、しばし滝を彩る光の芸術の鑑賞を楽しんだ。

東屋から、滝を眺められる遊歩道がある。
ここを進めば、先ほど渡った橋まで滝を眺めながら歩くことができる。
帰りはこの遊歩道を進み、滝の全景を楽しみながら、ここを後にしたい。


今回は訪れなかったが、滝を楽しんだ後はここの温泉がお奨めです。
■さくらの湯(ぬるぬるとした泉質の美人の湯)
■利楽(数々の露天風呂がメインの楽しめる温泉)

■My評価(5段階)
白猪の滝
★★★★☆(4.5)



おでかけ地図へ