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2008年6月29日 (日)

記事タイトル

小笠原旅行記32・母島東港シュノーケル 【東京都・島旅・ファミリー】

母島・鬼岩付近
野生のイルカとの触れ合いが終わり、海に飛び込んだ参加者の回収作業が続く。
ご覧のとおり、海はかなり荒れているので、母船のクルーザーまで泳いで帰ってくるのはなかなか骨が折れる。
僚船の漁船タイプの小型船が海にいる参加者を引き揚げ、母船に近づいてから参加者はそこから再び海を泳いで戻ってきた。
その間、海に入らなかった僕たちは、小笠原の海、母島の荒々しい岩壁の姿を眺めていた。
岩壁の波打ち際には大きな穴がいっぱい開いている。
太平洋を揺るがす大波があけた穴。そのすざまじいエネルギーは時々乗っている船を襲う。
そして、波しぶきをザプザプと一眼レフにかけてくる。
一撃食らえば、僕の2年間の小遣いがぶっ飛んでしまう。怖いっ。
母島・乾崎
全員が船に戻ったら、船は母島を時計回りに走り始めた。
母島の最も北の岬でイルカに遭遇したので、北から東海岸を走って行くルートだ。
その美しい母島の姿をいっぱい一眼レフで収めたかったが、飛んでくる波しぶきのためにカメラはもう使えない。
慌てて、防水バックの中に収納する。しかし、この大波の中のイルカの撮影で、もう一眼レフは潮で真っ白になっている。
大丈夫かなぁ・・・
母島東海岸北部
島の東海岸を南下する。
深い緑に荒々しい岩肌。そして、それらに打ちつけられる、荒々しい海。
常夏の小笠原も、冬には厳しい北風が吹きつける。
荒々しい海の様子だけは、日本の海と変わらない。船の中にも容赦なく波しぶきが飛び込んでくる。

さて、こんな水しぶきに濡れる過酷な環境の中で撮影は、普段はサブカメラとして使っているコンパクトデジカメが頼りだ。
オリンパスμ720SWという機種を使っているのだが、何の準備もなくても3mまでの潜水が可能な防水カメラ。
1.5mの高さから落下させても壊れないという、アウトドアで使うのにはもってこいの相棒だ。
水しぶきの中やシュノーケルの撮影ではこれで十分。今回の撮影でもそのタフさを発揮してくれた。

しかし、参加者の持っているカメラは30~40m潜水できるプロテクターを装備させている人がほとんど。
最低の防水機能は、μ720SWの後継機種で10m潜水ができる機種だった。
みんな気合い入っているなぁと感心していたが、この「3m」と「10m以上」という防水性能の差が大きな壁になることをこの後実感することになる。
母島の奇岩
母島も父島と同じく海底火山の噴火によってできた島。
そのため、島の岩肌は荒々しく、長年の侵食によって奇岩が形成されている。
海の上を走りながら、刻々と変わっていく島の表情は見ているだけでも飽きない。
それどころか、どんどんとその表情の豊かさには惹きつけられていく。
母島・東港
大きな入り江に入ってくると、先ほどまでの波の高さが嘘のように静かになった。
そして、船はゆっくりと速度を落とした。
船長からここでシュノーケルを楽しんでくださいとアナウンスがある。
イルカはいないが、参加者は待っていましたと次々と青い海の中に飛び込んでいく。

ここは「東港」という場所。
周囲には集落はなく建物も何もないのだが、なぜだか立派な防波堤だけが作られている。
戦前にはこの付近には集落があり、返還後も昭和末期までここを基地にして捕鯨がおこなわれていたそうだ。
今は住む人もいない場所だが、国際避難港として整備の工事が進められていると船長から聞く。
確かに、母島の中心地の港には大きな船が入れない。
この大海原で荒れる海を回避できる場所は、絶海を行く船舶にとっては天国だろう。
小笠原・母島の海
恐ろしいほどに青い小笠原の海。
まるでブルーサファイアのような海の色は、本当に宝石の色。
この惑星の宝石、すべての物を産んだ母なる海。
美しい海の色を見ていると、どうしても海に誘われる。

南国の海は暖かいとはいえ、強風吹くポートの上はまだ寒い。
ラッシュガードを着ているので海の中は大丈夫だが、そのあとの移動はとても寒いだろう。
そう思って、もう今日は海に入るのはやめようと思っていた。
なので、デッキの後ろから持ってきたゴーグルでその美しい海の中をのぞいてみる。
母島・東港シュノーケル
相当水深はあると思われるのに、はっきりと海底のサンゴ礁が見える。
なんという水の透明度だ。
折からの悪天候と強風で、海の中は濁っているはずなのに、それでもこの美しさ。
恐らく、日本の中でも最も美しい海の色だろう。

この美しい海の中を見た瞬間、僕の中のスイッチが入った。
気がつくと、後部デッキに戻り、ジャケットを脱ぎ捨てシュノーケルを装着していた。
「え?入るの?」
妻が驚いている間に、僕はこの小笠原の青い海に抱擁されるように、その身を海に投げ込んだ。
小笠原に来て、何度も試みてきた2008年の初泳ぎを、この時にやっと達成した。
母島・東港シュノーケル
1月の小笠原の海は、ラッシュガードを着ているとはいえ、びっくりするくらいに暖かかった。
海に落ちて心臓麻痺する人はおそらくいないだろう。
少し涼しい夏の日にプールに飛び込んだくらいの冷たさしか感じない。

船の上から見るより、サンゴ礁は近く見える。とても美しい。
僕は国内でダイビングもする(していたの方がもはや正しい)が、こんなにサンゴが群生している場所は初めて見た。
東港の水深
浅そうに見えるが海は深い。
海面に浮く参加者と比べてみると良くわかるが、海底ははるか下だ。
水深は推定で7~8mほど。
こんなに深いところで泳ぐとは思っていなかったので、フィンは持ってこなかった。
フィンなしで海底まで潜るのは至難の業だ。
しかも僕の持っているカメラのμ720SWの潜水可能深度は3m。海底までの潜水は不可能だ。
しかし、僕以外の参加者は、この大荒れの海の中をイルカと一緒に泳げる猛者たち。
おまけにウェットスーツとフィンで完全武装している。
まるでイルカのようにドルフィンスイムで海底まで潜り、みんな気持ちよさそうに海中を泳いでいる。
その姿はとても美しい。
中には2分近く難なく潜り続けたり、バブルリング(息で泡の輪っかをつくる)を披露する人も。
まさに海人。よくテレビで熟練の素潜り漁師の技を見るが、これに近い。
本当に同じ人間かと思うほど、みんな海の中を自由に泳ぎまわり、この美しい小笠原の海を楽しんでいた。

なるほど、だからみんな、10m以上の潜水機能のあるデジカメを用意していたのか。
今やっとはっきりと理由がわかった。
3mの潜水機能しかないデジカメと30秒の潜水がやっとの身体能力の僕。
とても大きな違いをまじまじと見せつけられた瞬間だった。
母島・東港のサンゴ礁
ジャックナイフで潜水して、美しい海底に近づきたいが、それをするとカメラを壊してしまう。
船にカメラを戻そうとも思ったが、船は知らないうちに随分と遠くに離れている。
フィンなしで簡単に戻れる距離ではなかったので、カメラを水から上げることはあきらめた。
もちろん、カメラは水に浮かないので、手を離せば、深い海底に沈んでしまう。
母島・東港のサンゴ礁
とはいえ、浮き輪もなしに、こんな深い海を平気で泳いでいられるのも小さい頃に通っていたスイミングの賜物。
ここは海底への接近をあきらめて、海面からいろんな海の景色を見ることに専念しよう。

とても美しい枝サンゴの群生。まるで竜宮城に竜宮城にいるみたい。
こんな美しいサンゴの森が、この海にはどこまでも続いていた。
母島・東港のサンゴ礁
立派なテーブルサンゴも広がっていて、母島の海の中は多様な美しさを見せてくれる。
本当に何の制限なく、この美しい海を魚のように泳いでみたい。
そのために必要な装備と身体能力が僕に無いのが歯がゆく思えた。

ふと気がつくと、船に置いてきたはずの妻も海の上に浮きながらこの世界を楽しんでいた。
妻はちゃっかりライフジャケットまで借りてきている。さすがだ。
母島・東港のサンゴ礁
サンゴの中には魚たちがいっぱい泳いでいる。
美しくこの海と同じような宝石色をした魚から、地味な色の魚まで。
悲しいかな、今日は深すぎて接近してその姿を拝めない。
しかし、ゆっくりと優雅に泳ぐ魚の姿を遠くからでも見ていると、とても不思議に心が休まる。
母島・東港の青い海
さあ、そろそろ時間だ。船に戻らないと。
他の参加者はまだ海で遊んでいるが、フィンを履かず、泳ぎも遅い僕たちは先に向かわないと・・・
下ばかり向いていてはわからないが、水平方向を見てもその透明度は抜群。
小笠原の海は、とにかく青かった。



蛇足だが、小笠原から帰ったのち、僕が10mの潜水機能を持つ後継機種のカメラに買い替えるのに、時間はさほどかからなかったことは言うまでもない(笑)

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2008年6月24日 (火)

記事タイトル

小笠原旅行記31・小笠原のドルフィンスイム 【東京都・島旅・ファミリー】

母島の断崖絶壁
僕たちが乗っていた「PAPAYA」の船は、青い海の上でゆっくりと停船した。
間近に迫るのは、約50kmのクルージングの末にたどり着いた、「母島」の断崖絶壁。
怒涛の迫力の岩壁には、何匹もの鳥が行き交っている。
天気は大分回復したが、波はまだまだ相当に高い。
比較的大きめのクルーザーだが、その船体も木の葉のように青い波に翻弄される、右に左に大きく揺れる。
母島
船から振り落とされないように、掴まりながら、絶海に突然現れた大きな岩の島の風景に目を奪われる。
これが母島。小笠原諸島で一般人が行ける一番南の島だ。
手つかずの大自然が残る島。その絶景は、海の上にいても凄まじいほどに圧倒される。
東京から1000km以上も離れた南海の孤島。遠くまで来たものだと、感慨に浸ってしまう。
しかし、突然の乗客の大声で僕は我に帰った。
野生のイルカ出現
「いたっ、いたっ、居た~!」
みんなが指さす方向を見ると、波間に背びれがいくつもみえる。
居た。イルカだ。
このツアーの船に乗る乗客のほとんどが、このイルカに出会うために乗っているといっていいだろう。
まだイルカは遠い。とにかく、先ほどのクジラの時のように、いいポジションをとるぞと僕はカメラを構えて船の前方へ移動しようとする。

が、今度はみんな船の後方に移動してきた。
あれ、イルカは船の後方から眺めるものなのかと思ってその場にとどまっていたが、瞬間後方デッキは戦場と化した。
今までカメラを構えていた人がみんな我先に、ウェットスーツを着て、ウエイトを腰に装着し始めている。
え?まさかこんな岩礁が多くて、こんなに波の高い場所を泳ぐの?
水深が深い場所を泳ぐのは僕も全然平気なのだが、こんな大荒れの海を何のためらいも無く泳ごうとする参加者に驚いた。

「泳いでもいいけど、波が高いから念のためにライフジャケットを・・・」
と、船長のGOサインが出るか出ないかのうちに、ライフジャケットも装着せず真っ先に参加者の一人が飛び込み、イルカのいる方向にすごいスピードで泳いで行った。
遅れてなるものかと、他の数人の参加者も続いて荒れる海に飛び込んでいく。
その次に、ライフジャケットをつけた参加者が後に続く。
参加者は一列になって、すごいスピードで青い波の中を見事にイルカへと近づいて行った。

すごい。僕も泳ぎに自信が無い訳ではないが、あそこまで海に慣れていない。
結局妻と僕とあとほんの数人だけ、船の上に取り残されてしまった。
もちろん水着は着ているが、こんなすごい場所を泳ぐとは思ってもいなかったので、フィンもウェットスーツも持ってきていない。
野生のイルカと泳ぐには、装備と泳力、そして海を怖がらない心が必要だった。
お気軽シュノーケル程度の装備の僕たちは、ドルフィンスイムをあきらめ、船上からイルカの姿を狙うことにした。
小笠原のイルカ
しばらくは少し離れた場所を参加者が一生懸命イルカの後を泳いでいたが、イルカの方からゆっくりと船に近づいてきた。
すごい、野生のイルカと初遭遇だ。
イルカは船の周りをゆっくりと泳いでいる。時々顔を出し、そしてまた潜り。とても優雅だ。
水族館でイルカはよく見るが、野生のイルカは初めて。
こんな近くまで寄ってきてくれるのは、とてもすごい。イルカは本当に人懐っこい生き物だということをひしひしと感じた。
こんなに好奇心を持って人間と遊んでくれる野生生物は、そういないだろう。
母島のイルカ
波はとても高く、船は大きく揺れている。僕も船の支柱を抱きながら、イルカの姿を撮っている。
そんな大きな波の中でも、イルカは優雅に楽しく泳いでいた。
僕が必死に耐える波は、イルカにとっては心地よい揺れなんだろう。
青い海を自由に泳ぐイルカが、とてもうらやましく思えた。
そして、この波の中、イルカに必死について行く参加者。
そして、船を波にさらわれて岩礁に乗り上げないように巧みにコントロールする船長。
海を愛する人間は、ここまで海に親しくなれるんだなぁと妙に感心したりもした。
イルカ急接近
船まで最接近してきたイルカ。時々潮を吹く音まで間近に聞こえる。
海の中に泳ぐイルカの姿はエメラルドグリーンのヴェールに包まれているように見える。
小笠原の海の青さとその美しさが、海を泳ぐイルカの姿からとても伝わってくる。
近くで見る野生のイルカの姿は、やはり水族館などで見る感動とは比べ物にならない。

小笠原で見れるイルカは「ミナミハンドウイルカ」と「ハシナガイルカ」
「ミナミハンドウイルカ」は人に慣れていてよく一緒に遊んでくれる。
「ハシナガイルカ」はジャンプが得意で、すごい跳躍を見てくれたり、時には走る船を追いかけてくることもあるそうだ。
さて、今日出会ったのは・・・どちらか忘れました(泣)
気持ち良よく大海原に泳ぐイルカ
何とかお顔を拝見できればと思ってイルカをずっと見ていたが、このイルカの群れはあまりパフォーマンスをして遊んでくれなかった。
それどころか、海の上を泳いでいたと思ったら時々潜って姿を消す。
そして、また思い出したかのように、海面に全頭がそろって姿を現す。
そのつど、船にいる乗客やスタッフが「何時の方向に出た」と見つける。
「何時の方向に出たぞ~」と船長が拡声器で海にいる参加者に伝えると、参加者はまたイルカの居る方に一生懸命泳いで行く。
どちらかというと、人間がイルカに遊ばれている感じがした。

船長曰く、このイルカの群れの中に何頭か小さな子供が混じっていた。
子供をかばっているので警戒心か強く、なかなか遊んでくれそうにないとのことだ。
少し残念だったが、こうやって何頭もが一緒に生活しているイルカの群れを見ると、なんだか心温まる。

しばらくして、伴走する僚船「PAPAYA Jr.」がイルカと遊んでいた参加者を回収して母船に戻ってきた。
十分に遊んでもらえなかったようだが、それでもみんなとっても楽しそうな、屈託のない笑顔をしていた。

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2008年6月21日 (土)

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小笠原旅行記30・母島へ向かう途中に・・・ 【東京都・島旅・ファミリー】

父島から南下開始
父島の南沿岸でのクジラとの遭遇。
感動の一瞬が終わると、船は大きなエンジン音をあげ、全速力で南下を始めた。
先ほどまでいた、南島と、父島との間に広がる沈水カルストの地形の島々がゆっくりと小さくなっていく。
父島「ハートロック」遠望
青い海の向こうに見える赤いハートの形をした「ハートロック
これはここが父島だとわかる、目印のようなものだ。
天気は徐々に回復し、海の青さがどんどんと鮮やかで、深くなっていく。

僕たちはクルーザーの後部デッキにいた。
あまり水しぶきはかからないとはいえ、全速力で走る船が巻き上げる飛沫はすごい。
後部デッキにも容赦なく飛び込んでくる。
しかし、まだ風は幾分涼しいが、飛び込んでくる海水は不思議なくらい温く感じる。
今がお正月である事を、すっかり忘れさせてくれる、初夏の様相だ。
離れてく父島と近づいてくるアホウドリ
船が進む後をずっとついてくる鳥が1匹いる。
時々海面すれすれを飛び、そして急旋回。
船からかなり離れたと思ったら、すごいスピードで後方から船に追い付いてくる。
まるで、船という珍しいおもちゃで遊んでいるようだ。

しかし、鳥が船の後についてくるのは実は「漁」のため。
船に驚いて海面に飛び出すトビウオをゲットするために、船の後でその機をうかがっているのだという。
時々海面に急降下するのは、狩りの瞬間だろうか。
アホウドリ
ついてきていたのは「アホウドリ」(絶滅危惧Ⅱ類)
加速するとき以外はほとんと羽ばたかず、長い羽根で海上の風をとらえて見事に飛んでいる。
陸地では飛ぶまでに時間がかかる為に簡単に捕まえられるアホウドリ。
その為、一時期は乱獲で絶滅の危機にさらされたが、今は手厚い保護もあり、数を増やしているそうだ。
陸地では鈍い鳥も、海の上ではとても優雅で、熟練した見事なアクロバット飛行を見せてくれた。
結局このアホウドリは母島までの約50kmのクルージング中、ずっと船についてきた。
海で生活する鳥。その飛行能力は並はずれてすごいものだった。
カツオドリ
前方の「母島」の島影が大きくなってくる頃、南島から飛んでくる鳥の姿も見ることができるようになった。
写真は「カツオドリ」
渡り鳥ではなく、同じ島に留まるので、この鳥が飛んでいると、陸地が近い印となるそうだ。
実際、目指していた母島は、もう目と鼻の先の距離だ。
母島最北端
ついに母島の最北端、「乾崎」が見えてきた。
母島に到着だ。
これから船は母島周辺でイルカを探し、シュノーケルを楽しんだのち、この島に上陸する予定だ。

が、その手前の鬼岩という巨大な岩礁の手前で船はゆっくりと停船した。
母島に到着してすぐ、出迎えるように待っていてくれたのは、探していたイルカたちだった。

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2008年6月15日 (日)

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小笠原旅行記29・大海原でクジラに遭遇!! 【東京都・島旅・ファミリー】

あっという間の南島の滞在が終わった。
南島の鮫池から外海に出た船は、母船のクルーザーと合流。
「PAPAYA」のクルーザーに僕たちは乗り移り、南島を後にした。
南島を後にする
「イルカがいた。すごかった」
僕たちが南島に上陸している間、母船に残ってイルカを探し続けたツアーの参加者がやや興奮気味だった。
僕は、不完全燃焼だった憧れの南島が遠ざかっていくのを眺めながら、やや消沈気味。
だが、天気は急激に回復してきた。まだまだこのツアーは始まったばかりだ。楽しまなくては。

しかし、船は少し走ったところでスピードをゆるめた。
クジラがこのあたりにいるということだ。
どこにいる?
ツアー参加者は、船から身を乗り出して探し始めた。
船の後方に僕たちはいたが、みんな船の前方に集まり、後は僕たちだけに。
よぉし、これで後方や横方面にクジラが出たら、最高の写真が撮れる。
僕はすぐに一眼レフを防水バックから取り出し、クジラの出現を待った。
しかし、それは間違いだった。

「いたぞ、10時の方向!」
船長から船内アナウンスでクジラの出現が伝えられると同時に歓声が。
「え~っと、10時の方向ってことは、船首左斜め前か!」
僕は身を乗り出して船の後方から斜め前をカメラで狙った。
が、そのとたん、船がゆっくりと旋回し、クジラのいる場所を12時の方向に修正した。
なるほど、だからみんな船首に集まっていたのか。
このツアー参加者はクジラやイルカのウォッチングにすべてをかけるリピーターばかりだと後で知った。
思えば、みんな勝手知った船。初めて乗船する僕たちがベストポジションを取るのは不可能だった。

それでも撮ったるで~。
僕は右に左に大揺れする船を行き来し、クジラの出現を待った。
そしてついに・・・
クジラのブロー
来たっ、クジラのブロー(潮吹き)
フシューっという音とともに、海から水しぶきが上がった。
あそこにクジラがいる。
クジラの潮吹き
もう1回ブロー。いる。確かにいる。
幸い、うまく船の横からも見える位置にクジラがいてくれている。
大きく揺れる船に僕は両足で踏ん張りながら、カメラを海に落とさないように慎重に構え続ける。
ハートロックとクジラのブロー
ちょうど「ハートロック」の前にもう一度ブローが上がる。
すごいぞ。こんな大海原にこれだけ離れていてもその存在を感じさせる生物がいるなんて。
急いで一眼レフのモードをスポーツモードにセットする。
ファインダーをのぞき、シャッターに手をかけて、次の出現を待つ。
なんだかちょっと、海洋写真家の気分。
ハートロックを背にしたクジラ
いきなり海が盛り上がった。
ブローではない。そのとたん、真黒な大きな塊が海面からむっくりと姿を現した。
すごい、クジラだ。興奮気味に、カメラを連射する。
そして最後には、はっきりとそれとわかる尾びれを海の上に突き出した。
しかも、ちょうど名所「ハートロック」の真正面で!
ハート型の赤こけた岩がハートロック。まるでそれはクジラの尾びれと同じ形。
一瞬だったが最高のシーンだった。
ファインダー越しでもそのシーンは心に焼き付けられた。
海の中に、こんな大きな生き物が住んでいるなんて。
初めて見たクジラの姿に、とても感動した。

しかし、この後、クジラの姿は見えなくなった。
船長によると、おそらく今の尾びれを出したのは、深く潜行するためかもしれない。
深く潜るともうなかなか海面に姿を現さない。ここでのウォッチングはこれで終了となった。

今回見たのは「ザトウクジラ」(だったと思う・・・)
12月から5月にかけて、小笠原の沿岸で出会える。
小笠原ではクジラの保護のため、船ではクジラの100m付近と進路には立ち入りが禁止されている。
クジラの姿を間近でを見るためには、双眼鏡や高倍率のレンズをつけたカメラが必要になる。
今回使ったのは200mm。乗船している「クジラ派」のツアー客は、どう見ても300mm以上のレンズ装着しているようだった。

クジラがいなくなると、船は再び南に向けて走り始めた。
不思議と冬なのに暖かい海のしぶきが船内に飛び込んでくる。
僕はあわてて、一眼レフを防水バックの中に仕舞い込む。
船は全速力で波をかき分け南へと進む。
目指すのは小笠原諸島で、僕たちが滞在している「父島」のほかにもう一つだけ人間が住むことを許された島、「母島」だ。

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2008年6月 8日 (日)

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小笠原旅行記28・憧れの南島 沈水カルストの絶景の島 【東京都・島旅・ファミリー】

船はゆっくりと南島の動力船の上陸ポイント、「鮫池」の中へと入ってきた。
ついに、この小笠原の旅で最も僕が行きたくて行きたくてたまらなかった場所、「南島」への上陸。
この島への上陸は念のために2回スケジュールを入れておいた。
それほどしてまで行きたかった場所。昨日は海況が悪く海にさえ出れなかったので、その保険が今日、機能した形になる。
南島・エメラルドグリーンの鮫池
鮫池という名だが、それは陸地に囲まれた海で、ここに人が住んでいれば間違いなく天然の良港となる。
今まで濃紺で吸い込まれそうな色の海が、この中に入ると目が覚めるようなエメラルドグリーンの色になった。
波もとても穏やかで、先ほどまでは船の上で立つこともままならなかったのがウソのようだ。

船を接岸する護岸などはないので、上陸は直接船の船首を岸に着岸させる。
ガイドが船を押さえている間に、乗客は岸へと乗り移る。
ついに、南島上陸だ。

上陸したらツアー客はガイドのもとに集合する。
この南島は貴重な生態系と自然を残す島。この島の滞在には、とても厳しいルールが課せられる。
ある意味、日本でも一番立ち入りが制限された場所でもある。
その厳しいルールは以下の通り。

【南島の入島ルール】
◆決められたルート以外の立入禁止
◆最大滞在時間は2時間
◆1日当たりの入島制限人数100人
◆11月から翌年1月末までは入島禁止(年末年始は除く)
◆東京都認定ガイドの同伴無き者の入島禁止
◆東京都認定ガイド1人が担当する利用者の上限は15人
◆動植物、岩石、樹木などの採取・移動・破壊破損は絶対禁止
◆ゴミは捨てずにすべて持ち帰る
◆外来種・移入種の動植物を持ち込まないように対策を講じる
◆動物に餌をあげたり驚かせたりしない


常識的なルールもあるが、この島は厳しい制限を課し、この美しい自然を未来永劫そのままの形で残そうと努力されている。
ガイド同伴が義務付けられているため、この島には個人では上陸できず、必ず、東京都認定ガイドが在籍するツアーに参加しないといけない。
当然のことながら、船はツアーのチャーターとなり、この島への公共交通機関は皆無だ。
南島・陰陽池
全員が下船したら、ガイドの案内で南島内部へと歩いて行く。
南島は「沈水カルスト」という地形で形成されている。
サンゴ礁の隆起、沈水によってできた島で、日本ではこの島だけ。
世界中探しても、あと1か所しかないという、とても貴重で珍しい地形だそうだ。
歩いていて気になるのはその岩肌。石灰岩むき出しの岩肌は、尖った刃物のようでまさに凶器。
素足や露出の多いサンダルでの上陸はとても危険なので気をつけたい。

さて、水辺から坂を登ると島の内側が見えてきた。
まるで盆地のようにくぼんだ島の内部には真っ白な砂が敷き詰められていて、その奥には「陰陽池」という池がある。
その石灰岩だらけのカルスト地形のためか、高木は根を張れず、まるで森林限界を超えた高山池のような様相がここにある。
しかし、この池には時々海ガメが迷い込むという、海のすぐそばの風景なのである。
南島・鮫池
ふり返る鮫池。その美しいエメラルドグリーンの水の色は何度見ても美しい。
この鮫池の名前の由来は、船が着岸した湾の奥の岩陰に、よく「ネムリブカ」というサメが寝ているからだそうだ。
残念ながらこの日は探してみるもその姿はなかった。

船を下りてすぐの場所に赤土が露出した場所がある。
多くの人が訪れるために地面が崩れてしまったそうで、今は島内の岩や芝生の移植で植生が回復しつつある。
しかしガイドいわく、何度作業をしてもどうしても崩れるそうだ。
もしかしたら、この下にまだ発見されていない海中鍾乳洞があるかもしれないという。

確かに、この南島の地形は地上にあれば、秋吉台などの鍾乳洞が多数点在するカルスト地形。
島の地下に鍾乳洞があっても何ら不思議ではない。
この美しい島の地下に、美しく青い水を湛えた洞窟が眠っているかもしれない。
それを考えただけでも、何とも神秘的ではないか。
扇浜と陰陽池
鮫池から登りきった峠に到着した。ここからは島の内部が一望できる。
そして、先ほどまで見えなかった、山肌に隠れていたぽっくりと穴があいているビーチが姿を現した。
これが小笠原を代表する風景、「扇池」だ。
南島にずっと上陸したかったのも、このビーチに行きたかったから。あの美しいビーチに行きたかったから。
ビーチに降りて行く道が細い線になって、島に描かれている。

「今日は扇浜に行く時間がないので、この上の丘から島を眺めたら帰ります」
・・・
????
「今、なんとおっしゃいました?????」

僕はここでツアーのチョイスに失敗したことに気づいた。
参加したPAPAYAのツアーはクジラ・イルカのウォッチングがメインのツアーだ。
母島への上陸があるとても至れり尽くせりのツアーでもある。
そんな至れり尽くせりなのだから、南島にかける時間はとても少ないのだ。
ちょっと欲を出したことが大失敗につながったと後悔してもすでに遅い。

この島はガイド同伴が義務付けられている島。
勝手に扇池に単独行動で降りて行くわけにも行かず、残念に感じながらも、扇浜から遠ざかる道へと入っていく。
鮫池を見下ろす
ナイフのような石灰岩がむき出しの山肌を登って行く。
結構急な坂道だ。ふり返ると鮫池。
このエメラルドグリーンの海からそそり立つ険しい緑をまとった岩肌。
まさにそれは、南国でも滅多に見れない、美しい風景。
この風景はここが日本であることを忘れさせてくれる。こんな場所は日本の中でもここだけにしかない。
いや、日本でもただ一つ、僕が知っている場所でも同じような風景を見れるのはただ1か所だけ。
日本最西端の島、沖縄八重山諸島の「与那国島」のみ。
テレビドラマの「Dr.コトー診療所」の舞台となったあの島も、こんな美しい風景だった。
扇池のアーチ
坂を登りながらも、何度も憧れの扇浜のビーチに目を奪われる。
島を取り囲む岩壁の1か所に穴があき、そこから島の内側が侵食され、美しい白い砂浜になっている。
青い水と美しい白砂のコントラストはこの世のものとは思えない。
曇り空でもこんなに美しい。

ここはカヌーなどの人力船の上陸ポイント。
周囲が岩肌の断崖絶壁に囲まれた要塞のような場所で唯一、美しいビーチを持つ。
本当は昨日、ここからカヌーで上陸したかったのだが、この波のためにそれはままならなかった。
南島から望む父島
ようやく南島を見渡せる小高い丘の上に到着した。
曇り空が残念だが、ここからは父島の姿も見渡すことができる。
父島も断崖絶壁が続くとても荒々しい島であることがよくわかる。
南島から眺めるジニービーチ
カメラを200mm望遠側にして、父島の海岸を切り取ってみる。
青い海に美しいコントラストを描く白亜のビーチは「ジニービーチ」
そのうつくしさは父島随一と言われるビーチには車で行くことはできない。
車で行ける最南端の小港海岸から、1時間半以上も山道を歩くか、シーカヤックで海を突き進む。
そうしないとたどり着けないビーチだが、そのあまりもの美しさに、この場所を訪れる人は絶えない。
南島から望むハートロック
父島と南島の間の海域も沈水カルスト地形。波に浸食された島がいくつも海の上に顔を出す。
先ほどは船の上でここを進んだが、とても不思議な海域だ。
一番奥に見えるのは父島の南側の海岸線。
高さ250mにも達する断崖絶壁が青い海に落ちている様は絶景だ。

写真中央、岩肌が赤くなった場所は「千尋岩」と呼ばれる。
これは岩肌がハートの形に見えるので、「ハートロック」とも呼ばれる。
もちろん、父島にいると見ることはできず、船やカヤックの上からしか見ることができない。
高台から見下ろす南島
見下ろす南島。
左のエメラルドグリーンが「鮫池」
右のエメラルドグリーンが押し寄せる白いビーチが「扇池」
横に一文字に走るのが、この島に唯一許された歩けるルートだ。
南島・扇浜
丘の上に立つと、突然雲の切れ間から太陽の光が降り注いできて、扇池を美しく照らした。
なんと素晴らしい風景。このビーチに立てないのを少し神が憐れんでくれたのだろうか。
立ち込める暗雲を静かに、しかしながら急激に払い始めた。

真っ白な砂のビーチに何度も何度も押し寄せる青い海。
この世の楽園のような美しいビーチ。
ああ、この青いビーチで思いっきり泳いでみたかった。潜ってみたかった。
しかし、こうやって遠くから見ているだけでもとても心落ち着く不思議な場所。
あまりもの不思議で美しい光景は、この世界のものとは思えないくらいだ。

ちなみにこの扇浜は、宮崎駿監督の「紅の豚」の主人公の隠れ家のモチーフとなった場所だと言われている。
あの外海とつながるトンネルから水上飛行艇が入ってきて、島の中に停泊する。
そしてこの白亜のビーチでゆっくりとくつろぐ。
実際にはあのアーチは飛行機はくぐれないが、カヤックはくぐれる。
今度はあのアーチをカヤックで通り抜けて、白い砂浜に上陸して、ゆっくりとくつろいでみたい。

ちなみにあの扇浜の美しい砂浜には、1000万年以上前に絶滅した「ヒロベソカタマイマイ」の貝殻の化石がいっぱいあるそうだ。
その化石を入れて美しい青い海が打ち寄せるビーチの砂浜を写した写真も有名。
ただし、南島のルールに基づけば、その化石も絶対に採取は禁止。
南島・陰陽池
あっという間に南島の滞在時間は終わった。
非常にもガイドの「帰りますよ」という一言で、一行は下山を開始した。
スポットライトのように照らされる陰陽池がとても美しい。
本当に、森林限界を超えたようなアルプスを思わせるような風景。
その美しい風景が、美しい青い海のすぐ上に広がっている。
扇浜
もう一度振り返る扇浜。
何度見ても飽きない。何度見ても美しい。
・・・
また来るからな。絶対今度はゆっくりと来るからな~。
南島
ふり返る南島の内部。それにしても本当に美しい砂浜だ。
あの岩肌に穴が開いてから、長い時間をかけて海が島のサンゴ礁を削って削って・・・
そしてやっと今のような姿を作りだしたのだろう。
長い長い地球の時間と、地球の気まぐれによって盛り上がった島が作り出したまさに奇跡の風景。
永遠とも感じる時の営みを感じる場所、ものの30分しか滞在出来なかったのはとても残念だ。
南島の監視船
さて、最後にこの島のルールを守られているかどうか。
ちゃんと監視する人がいた。
動力船の入口となる場所には船を浮かべて入島する人をカウントしているのだろうか。
島内にも監視する方が3人、ルールを、そしてこの自然が守られているか厳しい目を光らせていた。

この美しい自然がいつまでも続くように、そして今度はもっとゆっくり燃料を使わずに自力で・・・
再度の訪問を誓って、このエメラルドグリーンの海の上で待つ船に乗り込んだ。
ゆっくりと美しい島から離れていくエンジン音が、とても悲しい音に聞こえた。

【南島】
■My評価(5段階)
★★★★★(5.0)


南島に上陸するには東京都認定ガイドの同伴が義務付けられています。
父島のツアー会社に、自分にあった内容のツアーを申し込んでください。

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2008年6月 5日 (木)

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『和カフェぐぅ』で感じる直島アート 【香川・船旅・ファミリー】

アートの島「直島」の「家プロジェクト」
小さな町全体がアートと化した本村地区。その地区には洒落た和風のカフェが何軒かある。
訪れる人がとても多い場所なので、休日の昼時にはカフェには行列。昼過ぎには食事の売り切れが頻発する。
何軒かカフェを訪れたが、行列と品切れ。
何とかたどり着いたのが、農協前のバス停からほど近いところにある「和CAFEぐぅ」だった。
和カフェぐぅの門構え
「ぐぅ」の入口は、狭い裏路地のような道の一番奥にある。
車はもちろん通れない。どこか懐かしい風景にも感じる裏路地を看板に導かれるように進む。
和カフェぐぅの店構え
門をくぐると、そこには大きな古民家。
一見、どこかの田舎のお宅のように見えるが、「ぐぅ」という暖簾がかかっているので間違いないだろう。

この「ぐぅ」というお店。今噂の女芸人が経営しているわけではない。
店の名前には、おなかが減った時の「ぐぅ~」という音、人と出会う「遇」、そして人をもてなす「遇」の意味が込められているそうだ。
そして運営しているのはなんと、香川大学の学生さん。
2005年10月に香川大学経済学部の学生が立ち上げた「直島プロジェクト」
直島での交流と経営の実践を目的としたのプロジェクトの一環として2006年の8月にオープンしたそうだ。

この古民家の屋号(家のニックネーム)は「あこや」
「あこや」を借りて、その良さを可能な限り残した懐かしさを感じさせる雰囲気を作り上げているそうだ。
和カフェぐぅの内観
引き戸を開けると普通の民家の玄関のようで、廊下が続く。
なんだか田舎のおばあちゃんのうちに帰ってきたかのよう。
エプロン姿の学生さんが出てきて席に案内してくれる。

そのコンセプト通り、座敷もふすまなどを取り払って飾り付けしているくらいで、改築はほとんどされていない。
本当に、古き良き民家をそのままに使っていて、とても落ち着く。
昔ながらの造りの家は、ふすまを開け放ったり取り外すだけで部屋と部屋がつながり、とても広い空間ができる。
ここにちゃぶ台や座卓がいくつか並べられ、客室とされている。

とても風通しのよさそうな日本の古民家。
夏に蝉の鳴き声を聞きながら、冷たいメニューを頼めば、本当に夏休みにおばあちゃんの家に帰ってきたかの様な気になれそうだ。
どこか懐かしく、落ち着ける雰囲気はとても良かった。

また、台所も民家の時そのままの状態で、厨房といった雰囲気はない。
そこで、学生さんが一生懸命料理を作っているのを遠目に見ていると、なんだか微笑ましい。
直島☆ノリノリ丼
さて、オーダーしたのは「直島☆ノリノリ丼」680円。
なかなか良心的なお値段である。
学生さんが作った味。はたしてどのようなものか・・・
これがなかなかおいしい。
ショウガ風味の豚や豆腐などの卵とじ丼の上にふんだんに直島名物のノリ乗せた一品。
なかなかお目にかかれない組み合わせで、結構おいしかった。

食事メニューはこのほかにしょうが焼きプレート(680円)のみ。
食事は簡単に作れておいしいものと、徹底した合理化を感じられる。
しかし、ここのメニューも休日には飛ぶように売れ、僕たちが入ってすぐに食事の2メニューも売り切れとなった。

もちろん食事以外にも、珈琲・紅茶、和パフェや和ッフルなどのカフェメニューも楽しめる。
また、学生自身で栽培・収穫した「ぐぅ茶」というメニューもあるそうだ。

どこか懐かしい雰囲気のお店と、それを切り盛りする若い学生たち。
日本の洗練されて心に受け継がれた古さと、新しいものを作りだそうとする若さ。
温故知新、新旧混在・・・
活気にあふれながらも落ち着ける空間がそこにあった。

【和CAFEぐぅ】
■My評価(5段階)
★★★★(4.0)

2008年5月29日 (木)

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「瀬戸内海航路」 アートの島・直島2 【香川・島旅・ファミリー】

直島の家プロジェクトをゆっくり鑑賞したら、高松に戻ることにする。
とても見どころのある直島のアート群。
これは宿泊してゆっくりと鑑賞すれば良かったと思うくらいだ。

家プロジェクトのある本村地区から歩いて宮ノ浦港まで30分。
島の風景を見ながら歩いて行く。
移住したと思われる、アートを解すると思われる人の家。
くつろぐ猫。
島の中の遍路道・・・
とても味わいのある風景が所々に点在していた。

途中、文教地区といって、保育園から中学校まで広い場所で隣接する地区がある。
建物はどれも有名な建築家が設計しており、目をひかれるデザイン。
この場所だけ見ると、とても小さな島の学校とは思えない。
広大な土地に子供を集めて一貫教育するような場所。
かつて、この直島が工業で栄え、大勢の子どもが通っていた名残なのかもしれない。
草間彌生「あかかぼちゃ」
さて、港に着いたらフェリーの出航まで少しくつろぐ。
ここは「海の駅なおしま」として整備されている。
フェリーターミナルはコンクリート打ちっぱなしでガラスをふんだんに使った斬新な建物。
大きな庇のような屋根と、フェリー会社のオープンオフィスがとてもおしゃれ。
まさにアートの島の玄関としてふさわしい。
余談だが、この中のカフェのソフトクリームがなかなかおいしかった。

そして、港の広場には、いつくかの芸術家の作品が設置されている。
そのひとつがこの草間彌生氏の「赤かぼちゃ」だ。
海の上からでも目を引く、ちょっと毒々しいデザイン。
中に入ることができ、足元にほのかにライトが灯っているなど不思議な感じだ。
真っ暗な中から丸穴を通して見る、外の美しい瀬戸内の島の風景はとても素敵。
その不思議さに人はこの中に誘い込まれる。
そして、時々その魅力から抜け出せなくなった人がこんな大変なことになっている・・・
直島付近の夕日の海
再び四国汽船のフェリーに乗り込む。そして、船は高松に向けて出港した。
夕日傾く船の上から眺める瀬戸内海の島の姿はとても旅情を誘い、美しい。
フェリーがぶつかる?
船の前方を見ると、なんと、タンカーや他のフェリーが急接近!!
危ない、ぶつかる??
船で混雑する瀬戸内海
と、思ったら見事に船は難なく通過していった。

多くの島が点在する瀬戸内海の航路の多さは半端ではない。
海の幅が狭く、船と船の距離も近づくこの場所では、芸術的な操船術が輝く。
船と船のかけひきを見ているだけでも、とても楽しかった。

2008年5月21日 (水)

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『家プロジェクト』 アートの島・直島2 【香川・島旅・ファミリー】

アートの島として世界中に注目される「直島」
その直島を代表するアートを楽しむ場所としては3つある。
「地中美術館」「ベネッセハウス」「家プロジェクト」である。
「地中美術館」と「ベネッセハウス」は有名な建築家・安藤忠雄氏が設計した建物自体もアートのひとつ。
「地中美術館」はその施設のほとんどが景観を損ねないように地中に埋没させたアートミュージアム。
「ベネッセハウス」では美術館が併設された高級ホテルで、滞在しながら芸術を楽しむちょっとセレブな場所。
もちろん、併設された美術館には日帰りの鑑賞も可能だが、宿泊者しか見れない作品やプログラムもある。

今回訪れたのは、比較的手ごろな料金でいろいろな場所を見れる「家プロジェクト」
1998年に始まった企画で、島の東側にある「本村地区」にある古い民家をアーティストが手をくわえ、家自体をアート作品とさせている。
7つの作品があり、うち6か所は1000円で当日見放題。1か所は要予約の施設だ。
直島・本村地区の町並み
作品として建築・改築された建物は7つだけだが、この付近一帯の町もアートと化している。
美しく見事な暖簾が飾られているのはお店ではない。民家だ。
この付近の家はとても立派な造りで、中庭や蔵を持つ古い家も多い。
その入口の門には普通の民家でも暖簾がかけられていて、その内部の庭はとても手入れが行き届いている。
もちろん個人の敷地なので中に入ることはできないが、思わず観光施設やお店と間違って入ってしまいそうなくらい。
暖簾の隙間や立派な門から覗く庭の美しさはここで紹介したいくらいだが、個人の敷地なので控えさせていただく。
しかし、この島に来て通りすがる時には否応なしに目をひかれる美しさなのである。
直島・本村の屋号表札
一般の民家には個人の表札とは別にこのような表札が掲げられているところが多い。
これは「屋号表札」といい、古い家が持つ「ニックネーム」だそうだ。
このような表札もそうだが、ここには瀬戸内海に浮かぶ一つの島としての感じが少ない。
アートの町として町おこしをしている事がそう感じさせる理由のひとつだろうが、それだけではない。
町の規模が大きく、立ち並ぶ家がとても品があり、大きくて立派なのだ。
漁村や農村ではなく、歴史ある町の中にいるかのようだ。
気になったので、その歴史を調べてみると、地図にも載っている島北部の「三菱マテリアル」の精錬所が関係するらしい。
島の財政立て直しのために誘致した企業のおかげで相当多くの人がこの島に移り住み、とても豊かな暮らしぶりだったそうだ。
なるほど、ここは三菱の企業城下町で、富裕層の町だったのだ。

直島はその後精錬所の煙害での自然荒廃、隣の豊島の産廃受け入れなどを克服して、今度はリゾート誘致へと動いた。
そして、それに賛同した「福武書店(現ベネッセ)」の創業者の尽力で「ベネッセハウス」をはじめとした芸術関連施設が建設されたそうだ。
当初島民は戸惑ったそうだが、今は島をあげてその取り組みに協力しているようだ。
護王神社登り口
さて、町の中を軽く散策したら「家プロジェクト」の鑑賞に向かう。
家プロジェクトの「作品」を鑑賞するにはチケット(各施設共通・1000円)の購入の必要がある。
「本村アーカイヴ」や農協前のたばこ屋で売られていて、家プロジェクトの現場では売られているところは限られる。
売られている場所は「護王神社」「南寺」なので、まずはこの施設から観賞することにする。
どちらも混雑すると待ち時間が発生しそうな場所なので、ここから手始めに鑑賞するのがよさそうだ。
まずは高台にある「護王神社」へ向かう。
通りの行き止まりに神社へと続く道がある。
護王神社(2002年 杉本博司)
【護王神社】(2002年 杉本博司)
江戸時代より島にあった神社をアーティストの手で再生させたものだそうだ。
見た目は古式な神社の形式で、敷き詰められた白い玉石の中に佇む社はとても神々しい。
護王神社のガラス階段
しかし、よく見ていると、その社へと続く階段がはとても変わっている。。
ピカピカに磨かれたガラスの階段。これはとても神秘的で美しい。
しかし、この階段の真の美しさはここから見た風景ではない。
この階段は実はこの神社の地下の石室まで続いている。
護王神社石室入口
その石室への入口はここ。
ここからは有料施設で、内部はアーティストの作品なので撮影は禁止されている。
人ひとりがやっと通れるくらいのとても細い通路を奥まで進むとそこは真っ暗な石室。
その石室で待っていたのは、地上の光を透過して暗闇の中で光り輝くガラスの階段。
石室という真っ暗な密閉空間で太陽の光で輝くガラスの階段は、神の世界への導きのようでとても美しい。
幻想的な世界はずっと眺めていたいが、あまり長い間内部で鑑賞していると、入口に大行列を作ってしまうのが残念だ。

ここで訪れる外国人観光客が意外に多いことに気づく。
アートな作品があちこちにあるが、それ以外は何もない、素朴な島に多くの外国人が訪れている。
地元のガイドの人に聞いた話だと、この島は芸術鑑賞を好む外国観光客にはかなり人気の島だそうだ。
特に「ベネッセハウス」が欧米では日本以上に「高級リゾートホテル」として紹介されているとか・・・
瀬戸内海に住む日本人である僕が今までほとんど知らなかったその場所は、海外には人気のスポットとして発信されている。
確かに、フェリーアナウンスやパス等の乗り場案内、家プロジェクトのチケットには英語も使われている。
和風モダンなアートや、エーゲ海を思わせるリゾートが楽しめる場所として、人気なのだろうと、思わずうなづいてしまった。
角屋 (1998年 宮島達男)
【角屋】 (1998年 宮島達男)
次に訪れたのは、家プロジェクトの第1弾である築約200年の大きな民家を改装した作品。
外からは古くて立派なだが何の変哲もない民家のように見えるが中に入るとびっくり。

畳や板の間がある部屋の仕切りは全部取っ払われ、板の間の中央に大きなプールが出来ている。
閉め切った真っ暗な屋内、明かりとりの障子からわずかに差し込む光が水面に反射して暗く広い家屋内に光を揺らめかさせる。
プールの中には無数のデジタルカウンターが設置されていて、1~9の数字を不規則な速さで刻んでいる。
薄暗く静かな和の空間の中、水が流れる音とと自然光と電子光が交錯する。
とても落ち着く空間だ。
和とモダンアートが見事に調和した空間。この家プロジェクトの中では僕が一番気に入った場所だった。
アナログとデジタルが交錯する水辺には、床の間や押し入れを切り取ったベンチがある。
ここに座り、ずっと揺らめく光と水の音を楽しむ。
このままここに泊ってしまいたいくらいだった。

ちなみに設置されているデジタルカウンターは125個。
125人の島民に依頼して、それぞれの好みの表示速度に調整してもらったカウンターを配しているそうだ。
そのカウンターは島民の個性がいっぱいあることを示し、そして島民に参画してもらうことで、このアートプロジェクトの受入れが一気に進んだという。
また0という数字は「無」や「死」をあらわすと、あえて使っていないそうだ。

他にもこの角屋の東側の窓には驚きの先進技術を使った「液晶カウンター」というアートが仕組まれている。
土間に座り、屋内に光を取り込む窓に施されたアートを眺めるのも、なんだか心が落ち着く。
3桁の数字がそれぞれ違う速度で1~9の数字に変わっていく。スリガラスが一瞬にして透明ガラスに変わりながら・・・
角屋東側からは、そのアートを外からでも見ることができる。
何の変哲もない趣のある古い町の通り。
その通りに面した昔ながらの格子窓に、驚く技術が使われている事に気づいたのは、鑑賞後だった。
南寺 (1999年 ジェームズ・タレル 安藤忠雄)
【南寺】 (1999年 ジェームズ・タレル 設計/安藤忠雄)
寺というが、もともと寺があった場所に建てられた新築の建物。
僕は建築にはてんで疎いが、安藤忠雄氏の建築物だけは大好きだ。
安藤氏にしては珍しい(?)木をふんだんに使った真っ暗な建物。
建物の隣は公園になっていて、焼杉の匂いが心地よいきれいなトイレもある。
南寺の外観
南寺の一部。
寺があったと思わせる土壁がコンクリートと木に囲まれた通路の奥に佇む。
和とモダンが融合した、まるで1枚の絵画だ。

この施設の見学は定員16人。15分の時間制限での鑑賞のため、混むと1時間待ちもざらにある。
出来れば午前中の鑑賞が良いようだ。

中に入ると全く何も見えない真っ暗な空間。
手探りで壁伝いにベンチに進み、漆黒の空間を見つめていると・・・
さっきまで何も見えなかった空間に薄青いスクリーンが浮かび上がってくる。
その頃には真っ暗だと思っていた室内が普通に歩けるになり、作品に近づける。
今まで何も見えなかった暗闇に見なかったものが見えるようになる「暗順応」という人間の特性を利用したアート。
体の感覚の不思議を利用した体感型のアートだ。
作品にも近づいてみると、スクリーンかと思っていたものは実は・・・

密かにスタッフが館内に照明をつけたのではないかと思ったが、行き違いで入ってくる次の入場者。
手を前に突き出し、恐る恐る壁伝いに入館してくる様は、ここに入ってきたときの僕らと同じ。
その少し笑える姿を見ながらすっと建物の外に出ていくのは、このアートの醍醐味を知る瞬間でもあった。
直島・ひいな
さて、いい時間になったのでお昼にしよう。
本村地区には、古い建物を利用した、和やレトロなテイストたっぷりの「カフェ」が数軒営業している。
南寺のすぐ近くにある「ひいな」に訪れてみた。
昭和の大衆食堂を思わせる建物を利用したお店は、黒壁に直島の美しい写真をいっぱい貼り付けている。
外から見るだけでもとても楽しいお店だ。
だが、残念ながら、名物のホワイトカレーは売り切れでカフェメニューしかなかった。
ここでの食事をあきらめ、もう少し離れた「カフェまるや」に向かう。
ここは直島の和風カフェの草分け的存在のお店で人気店。しかし、すでに長蛇の列が出来ていたので諦めることにした。
八幡神社・ 随神門「いつかは眠り猫」上原三千代
南寺のすぐ横には「八幡神社」へと向かう階段が続いている。
とても歴史あり、京都を思わせる風景。
歴史ある山門のように見えるが、ここにも2006年に作成されたアートが設置されている。
花咲く町並み
町には島民の方が植えたであろう花があちらこちらに咲き誇っている。
空地にも花が咲き、ところどころに残る古い土壁もきれいに花で飾られている。
見る場所すべてが新鮮でとても美しい。
直島の味ある通り
本村地区には車も入れないような裏路地がいっぱい残る。
壁には黒い木の壁が多くつかわれ、とてもきれいに街並みが整備されている。
しかし、乳母車やおばあちゃんの井戸端会議など、瀬戸内海の島の生活風景もところどころに溶け込んでいる。
和カフェぐぅ
さて、食事にありつけたのは「和カフェ ぐう」
この店を運営しているのは、今人気の女芸人ではなく、香川大学の学生さんたちだ。
直島の特産品や自ら収穫した高松のお茶を使ったメニューを提供している。

ここも昔の古民家をそのまま利用したつくりでとても落ち着く。
普通の家のような台所で一生懸命食事を作っている若い学生さんの働きぶりを見ているのも楽しい。
食事メニューは2種類しかなく、数量も限定。食材が尽きるとカフェのみになる。
僕たちがオーダーして間もなく、食事の提供がここも終了した。
この本村地区のカフェの食事はどこも数量限定で遅くに行くと売り切ればかり。
日曜日は生協も休みだったので、食事は気をつけないといけない。

【和カフェぐうの詳細は後日別記事にて紹介します】

本村地区の店構え
町のとこどころにお店や民宿がある。
どこも暖簾を掲げたり、きれいに門構えを整えたり、味のある飾りをしたり。
地区をあげての町おこしを感じる。
しかし、多くの人が訪れるのに、観光地にありがちな商魂たくましい店は、この島には皆無に等しい。
無粋な幟を立てたり、呼び込んだり、面白みのないものを販売したりするところはない。
自分の家の一部を開放して、希望する人は寄って行ってくださいな・・・
そんな個人の「待ちの営業」が、とても気品あって思わずこちらから立ち寄ってみたくなる。
本村地区、港に続く裏路地
港へと続く細い裏路地。とても味のある風景だ。
ふと見ると、何かのお店の幟が出ている。
とても味のある、どこか懐かしさを感じる幟。
裏路地の風になびくその幟に、ついつい呼び込まれてしまう。
あき缶あ~と・よいち座
「よいち座」というお店。
お店というよりも、庭の一部と玄関を開放して作品を並べている。
玄関では、その家のおばちゃんが訪れた人を暖かく迎えてくれた。

ここで売られているのは「あき缶あーと」
空き缶やプルタブなどを使って、見事な楽器を演奏する人形たちを作り上げている。
その作品はやはり売り物なので紹介するのはここでは差し控える。
看板にくっついているのがその作品のひとつ。
空き缶がとっても豊かな表情で、楽しく楽器を演奏している。
表情は絵で描いたりしておらず、その空き缶のデザインを見事に利用している。
お父さんの飲んだビール缶がもったいないからく作り始めたという見事な作品。
手作りだが、とても美しく、素晴らしいアイデア。
まさにアートと呼べる作品は、来島時には必見だ。
石橋へと向かう道
島の通り。静かな風景だが、多くの観光客がこののどかな風景を楽しんでいる。

【碁会所】 (2006年 須田悦弘) 【写真無し】
昔、島の人が集まって碁を打っていたことに由来する。
小さな入口をくぐると広い庭。
そして、その庭の奥から見ると、左右対称の和室がある。
それぞれの部屋の畳の上に対照的に飾られている椿の花が不思議な感じがある。

【きんざ】 (2001年 内藤礼) 【写真無】
「碁会所」の隣にある。この施設は共通チケットでは入館できない。
別途500円の鑑賞料と「予約」が必要。
築200年の小さな家屋をそのまま作品に仕上げている。
15分の持ち時間が割り当てられ、1人で内部に入って、その作品を鑑賞する。
ひとりで静かに向き合う芸術とは、多くのことを語り合えるだろう。
石橋 千住博
【石橋】 (千住博 2006年)
母屋と蔵に作品が飾っているが、残念ながら母屋は改装中で鑑賞できなかった。
蔵の「ザ・フォールズ」という作品を鑑賞する。
重厚で大きな蔵の床は一面のピカピカで傷一つない木の床。
そして壁一面には水が落ちる滝の絵画。
滝の絵がピカピカの床に映り込み、神秘的な空間を作り出している。
薄暗い蔵の中には窓から光が差し込み、描きこまれた滝をまぶしく輝かせる。
滝の躍動感を感じながらも、外界の音を遮断した重厚な蔵の中はとても静か。
静寂と青白い光に包まれた蔵の中は、身を置いているだけで不思議にとても落ち着く。
とても心地よい空間だった。
直島町役場 石井和紘
町の中はとても美しい風景が多い。
奥に見える変わった形の建物は直島町役場。
石井和紘氏の設計で、安土桃山時代の建築意匠をモチーフにされているそうだ。
人工物などの奥行あるものを撮る場合、縦位置の写真が良いというが、まさにこの町はそうだった。
今回の撮影は、縦位置の写真がとても多かった。
はいしゃ 大竹伸朗
【はいしゃ】 (2006年 大竹伸朗)
歯科医院兼住居を改造した作品。
この作品は他の作品と比べて和のテイストは少なく、アメリカのモダンアートの色がとても強い。
個人の好みはあるが、他の作品はその場でゆっくりと雰囲気を楽しむ作品だったが、この作品はその創意工夫をひとつひとつ探して感心するものだった。

さて、これで本村地区の鑑賞は終わった。
しかしゆっくりじっくり見たのでもう時間は16時だ。
17時のフェリーで高松に戻るので、もうベネッセハウスや地中美術館に行く時間などない。
しかし、とてもこの島はいい場所だった。
出来れば1泊して、ゆっくりと島中を見て回りたい。
そしてそのころには、新たな作品が島に増えているかもしれない。
またいつか訪れようと誓い、美しい街並みを後にした。

バス停ではフェリーターミナルに戻る乗客が列を作っている。
ここは始発バス停ではないので、万一並んで乗車できなかったら馬鹿らしい。
フェリーターミナルまでは歩いて30分弱。
行きは超満員バスで見れなかった島の風景を見ながら歩いて戻ることにする。


【家プロジェクト】
場所 香川県香川郡直島町本村地区
休日 月曜 (祝日の場合は翌日休) (「きんざ」は金・土・日、祝日のみ)
時間 10:00~16:30(「きんざ」は予約制)
料金 共通チケット(「きんざ」を除く6作品) 大人1000円
    ワンサイトチケット(「きんざ」を除く1作品) 大人400円
    「きんざ」 大人500円
    (15歳以下は無料)
交通 JR高松駅から徒歩7分の高松港から四国汽船フェリーで50分
    直島宮ノ浦港から町営バス地中美術館行きで8分、農協前下車すぐ
駐車場 駐車場あり (無料・数に限りあり)

2008年5月19日 (月)

記事タイトル

瀬戸内海クルージング・アートの島「直島」1 【香川・島旅・ファミリー】

瀬戸内海には無数の島が浮かぶ。無人島も多いが、人が住む島も数多い。
しまなみ海道や瀬戸大橋などで、橋で本州・四国と結ばれた島もあるが、そのほとんどは今でも船で訪れる島だ。
島にはのどかな風景が残っていて、そんなゆっくりとした時間が流れるどこか懐かしい景色を探しに行く。
それが瀬戸内海の島旅の醍醐味なのかもしれない。

そんな瀬戸内海の島のひとつに、近年、大人気の島がある。
海外からの観光客もかなり多いその島の名は「直島」
「アートの島」として、今、世界中から注目が集められている。
世界中のアーティストがこの島の自然や古民家を利用して多くの作品を創造しているのだ。
島の至るところにアートが存在する、そんな場所を一度見てみたくて、僕は直島に行く船を待っていた。
高松港・四国汽船フェリー
直島へは高松港から四国汽船のフェリーか高速船に乗る。
本州からは岡山県の宇部から船が出ていてる。
直島には十分な駐車スペースはなく、町営バスも30分に1本は走っている。それに小さな島だ。
高い運搬費を払ってまで車を持って行く必要はない。
「サンポート高松」の広い地下駐車場に車を停めておく。
6時間超、12時間までは1400円、駐車場出口からフェリーターミナルまで徒歩3分と便利だ。
フェリーの料金も1人往復920円とお手頃だ。

フェリーが接岸したら早速乗り込む。なかなか大きなフェリーで安心だ。
フェリー独特のオイルの匂いと潮の香が船旅の旅情を醸し出す。
海から見る赤灯台
ゆっくりとフェリーは出発。
夜はライトアップされる「赤灯台」を過ぎて、船は港の外に出る。
屋島とフェリー
向こうに見える平たい形の山が有名な「屋島」
遠くからでもそれとわかる形だ。
と、向こうからぐんぐん船がこちらに近づいてくる。
危ない?
船は少しだけ針路を変えて、こちらの船の後方を通り過ぎた。
瀬戸内海は島と島を結ぶ海上交通がとにかく発達した地域。
狭い海域をいくつもの船が行き交う。
大きな船同士、至近距離で何度もすれ違う光景が見られるのも、瀬戸内海ならでは。
フェリーの後ろを走るフェリー
前方を進む他のフェリーの後を追随する。
別に牽引されているわけではない。こんな光景もなかなか見れない。
意外にも瀬戸内海の船旅は、他の船との駆け引きが見れて楽しい。
鬼ケ島(女木島)
右側に見える島は「鬼ケ島」
桃太郎がこの島に鬼退治に向かったと言い伝えられる。
正式な名前は「女木島」で、鬼が住んでいたとされる洞窟がある。
他社のフェリーを追い抜く
前方を進んでいたフェリーを乗っていたフェリーが追い抜いた。
これはすごい。スリップストリームを使ったF1の追い抜きシーンのようだ。
あまりもの珍しさに他の乗客もビデオ撮影。
しかし、さすがにアートの島に向かう船だ。
乗っている人はみんなどこかファッションにも気を使っている。
一眼レフの所持率も非常に高い。
直島遠望
前方に島影が見えてきた。
右側の大きな島が目指す直島だ。
タンカーとのすれ違い
タンカーが2隻連なって乗っているフェリーのすぐそばを通過した。
行き交う船を見ているだけでも、その航海術がアートに見えてくる。
すべて素人は知らないようなルールを厳守して、成り立っている芸術的な操船なのだろう。
宮浦港入港
さて、船は直島の宮浦港に入港する。
島はとてものどかで、堤防では太公望たちが気ままに釣竿を振るっている。
ん?
なんだあの港のはずれにある謎の物体は。
宮浦港に停泊するフェリー
直島・宮浦港に到着。乗っていたフェリーはなかなか大きくて立派だ。
瀬戸内海航路を知らないと、このフェリーは小さいと思うのは間違いない。
しかし、瀬戸内海にはこれよりも小さなフェリーが何隻も運航している。
波が穏やかな内海である瀬戸内海だけに許される、小さなフェリーだ。
「海の駅なおしま」として立派に整備されたフェリーターミナル。
人口3000人ほどの島には不似合いなくらい。
しかし、多くの人が船から降りて行く。宇部から来たフェリーも接岸している。
この島は、確かに、大勢の人が観光で訪れる場所だった。
「赤かぼちゃ」2006年草間彌生
先ほど海の上から見たのはオブジェ。
これもアーティストの作品のひとつだ。
ゆっくりと見てみたいが、バスに乗る時間。帰りに見ることにする。
このように、この島のいたるところに、このような作品が点在している。
直島・町営バスに乗り込む
さて、町営バスに乗り、まずは「本村地区」を目指す。
島の中はどこまで乗っても100円なのが嬉しい。
しかし・・・ちっちゃいバス。
大きなバスも走っているのだが、小さなバスになってしまった。
ぎゅうぎゅうづめになってバスは出発。
途中、バスは地元の人を「いっぱいやけん、のれんよ」と言って乗車拒否。
しかし、地元のおじちゃんは「ええよ、ええよ」と手をあげてバスを見送ってくれた。

そしてバスは最初の目的地、「家プロジェクト」の舞台である「本村地区」に訪れた。
「農協前」のバス停で、僕たちはぎゅうぎゅう詰めの車内から解放された。