2009年3月 8日 (日)

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小笠原旅行記37 境浦へサイクリング 【東京・島旅・ファミリー】

サンライズ奥村
ついに小笠原滞在の最後の朝が訪れた。
3泊お世話になった「サンライズ奥村」をチェックアウト。
荷物は東京に向かう「おがさわら丸」の出港前に、宿のオーナーがフェリーターミナルまで持ってきてくれる。
フェリーの出航は昼過ぎ。
それまで、宿の自転車を借りて、父島のサイクリングを少しだけ楽しむことにした。
目指すは美しい「境浦海岸」だ。
小笠原海洋センター付近の戦跡
二見漁港の奥にある宿を出発し、「小笠原海洋センター」の脇をかすめるように、車道ではなく遊歩道を自転車で走る。
海岸沿いの森の中に、小笠原の深い緑に飲み込まれていく遺構を見つけた。
小笠原は太平洋戦争時、旧日本軍の要塞があり、実際に米軍と戦闘があった地域だ。
小笠原の南端に位置する「硫黄島」でのその壮絶な戦いは、ハリウッド映画にもなっている。
父島にもこのような戦跡は普通の生活の中にも多数存在する。
悲しい記憶は長い時間とともに、島の自然の中に飲み込まれ、姿を失っていく。
消えてしまう事は仕方がない。しかし二度とこのような施設がこの島に現れないなら、朽ち果てていく傷痕には静かに眠っていてほしいと思う。
父島の海
小笠原に到着して5日目。最終日にして、やっと天気に恵まれた。
昨日までの強い風は嘘のように止まり、海は静まり、美しいそのエメラルドグリーンの色を青空の下に思いっきり広げてくれた。
海の底まではっきりとわかる、吸い込まれそうなくらいの透明感。
太平洋のど真ん中。絶海の孤島の父島の海は常に大海に洗われ続けている。
宝石のように深く輝く青さ。これが「ボニン・ブルー」の海の本当の青さだ。
「ボニン」ととは小笠原諸島の英語名みに由来する。
「小笠原の青」、びっくりするくらいの青さ、それがボニンブルーだ。
父島サイクリング
この日は1月だが、晴れ渡った小笠原はもう初夏を思わせる陽気だ。
穏やかな日差しの中、さわやかな風を切り裂き走るサイクリングはとても気持ちがいい。
しかし、小笠原諸島は火山の島。
ビーチはとても少なく、山が海まで迫り、断崖絶壁も多い。
変速機なしのママチャリは、何度も現れる上り坂にはなかなか苦労する。
もちろん宿のサービスで無料で借りられているので、変速機がないことには文句は言わない。
それどころか、1000円も2000円もするレンタサイクルを借りなくても済んだので、とてもありがたい。
境浦
坂を登り、そして坂を下り、トンネルを抜けて・・・
深い緑と、その中に埋もれている戦跡と思われる遺構に目を奪われながら、自転車を走らせていく。
さほど時間はかからず、目の前に真っ青な海岸が現れた。
ここが目指していた「境浦」だ。
島を覆い尽くす緑と、一面に広がるエメラルドグリーンの海が眩しい、大自然の織りなす風景。
そして、穏やかな太陽に照らされた光景。もうそれは、絶景と言うしかない。

ところで海岸の沖合に岩の塊のようなものが見える。しかし、何か変だ。
目を凝らしてみると、岩というよりも無機質な機械の部品に見える。
実は写真中央、海に沈んでいるのは座礁した貨物船だ。
しかもその船は今から65年も前の太平洋戦争中、アメリカ軍の魚雷を受けて座礁したという。
美しい青い海の中に不似合いな人工物。
しかし、その沈没船も悲しい戦争の傷跡。
陸地の緑に飲み込まれていく戦跡同様、海の青さに飲み込まれ、少しずつ消えていこうとしている。

美しい海岸と悲しい歴史。
人の手も及ばない大自然と、人が犯す悲しい過ち。
目の前に広がる境浦は、ありとあらゆるものを織り込んで、静かにそこで渚の音を奏でていた。

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