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『風林火山』上田原古戦場
▲石久摩神社 上田原の合戦を伝える石碑がある。数台止められる駐車場が隣接してます。
▲上田原合戦史
▲石久摩神社や墓所など数カ所に地図付の案内板があります。
天文17年(1548年)2月、武田軍は諏訪より大門峠を越え、長窪城より砂原峠を越えて塩田城を圧迫しつつ倉升山のふもとに陣を構えます。対する村上義清は上田原の地を熟知していて、天白山のふもとに陣を構え、伏兵を方々に配して武田の軍勢をおびき出して一気に攻め立て、武田軍から小県(ちいさがた)や佐久の支配権を奪還しました。
武田軍が初めて惨敗した合戦でもある上田原の戦い。双方の重臣のお墓が今も残されています。
武田軍
大 河ドラマ『風林火山』では武田晴信が最も信頼を寄せていた武将【板垣信方】のお墓。畑の真ん中にあります。屋根がついているのは板垣信方の墓所だけ。
村上軍
▲小島権兵衛 ▲屋代源吾 ▲雨宮刑部
やはり地元信濃の武将のお墓の方が残っていました。村上軍の本拠地・坂城はここからわずか数キロ。いわゆるホームの上田原の地形を熟知していた村上軍の方が、アウェイの武田軍より断然有利ですね。
上田古戦場公園
県営上田球場があります。18,000人収容でき、高校野球の長野大会では松本市野球場と共にメイン会場となります。お墓の近くは駐車スペースがなく、住民の生活道路になっているので、広い駐車場があるここに車を置いて歩いて周囲を散策し、晴信や勘助達が生きた時代に想いをめぐらせては♪
【お出かけ地図へ】 上田古戦場公園
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