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神戸を歩く
事務局サトウです。
今回は神戸の街を散策します。
震災モニュメントを訪ねて
朝早く出発して神戸港を目指します。今回神戸に来た理由のひとつに 「わすれない1.17震災モニュメントめぐり」という本が出版されていてその震災に関わる施設を見ておきたいと思ったからです。 神戸港には神戸港震災メモリアルパークがあり、メリケン波止場の一部を震災で被災したままの状態で保存されています。
震災の記録を見ることができます
震災によって崩壊した波止場
神戸港を散策しているとふと目に留まったのが「希望の船出」という像。神戸港移民船乗船記念碑であり、 今年ブラジル移民100周年の年ですがここ神戸からブラジルへ向けて旅立ったとのことです。
ここからブラジルへ
神戸港をあとにして次に向かったのは東遊園地。途中、 旧居留地にある港町らしい建物を見ながらフラワーロードへ。フラワーロードをJR三ノ宮駅に向かって行くとまもなく東遊園地に到着です。 ここで「1.17希望の灯り」を見学。鎮魂の火として永遠に灯し続けられるそうです。さらに地震が起きた時刻を示した「マリーナ像」 などもあり、震災の記憶が風化されることなく人々に伝えています。
旧居留地の看板
レンガで造られた下水道施設
灯し続けられる「1.17希望の灯り」
地震が起きた時刻を指す「マリーナ像」

元町~旧居留地

旧居留地~JR三ノ宮駅
漫画も散歩の貴重な資料!
さて、東遊園地から今度はJR三ノ宮駅を通って北野坂を上ります。 今回神戸を散策するにあたって資料としたものの1つに「神戸在住」というコミック。神戸に実在する景色が随所に描かれており、 この描かれた景色を探すのも面白いかと今回の散歩のテーマにしました。 ここでは見つけることができた(たぶんここでしょう)場所を一部紹介します。
北野物語館
北野坂
メリケンパーク
花隈周辺(歩道などは違うが、構図が一緒?)
須磨海水浴場
JR須磨駅
気なる名前「トアロード」
さて、北野坂を上りおえ、今度は異人館通りを西へ。しばらく歩くとトアロードにぶつかります。 トアロード、神戸の方ならばご存知でしょうが、神戸に所縁のない私などは「なぜ?トアロード」と疑問に思ったものです。この「トアロード」 名の由来には諸説あるようですが、有力なものは明治41年に現在「神戸外国倶楽部」ある場所に英・独・米・仏の人々の共同出資で 「トアホテル」が開業。この「トアホテル」の「トア」が名の由来となったという説です。では、トアホテルの「トア」はどこからきたのか? これについては英語説(岩山・小高い丘)をはじめ、 ドイツ語説(門)や日本語説(東亜)さらには鳥居説(TORII)などなど諸説あるようですが、どれにせよ、当の「トアホテル」も今はなく、 記録・文献も残っていないらしいのでどれが正しいのかはわかりません。
「トアロード」~海側から~
トアロードを過ぎてさらに歩くと碑を発見。見てみると神戸港にもあったブラジル移民に関する碑 「ブラジル移民発祥の地」が、さらに進むと今度は「↑ビーナスブリッジ」なる案内が「行ってみたい」しかし、どうみても山の上・・・ 公園名も諏訪山公園だし。ちょっと遠慮することにします。 (ここから見る夜景はよいらしい)さらに進み神戸山手大学の前を今度は下って神戸高速鉄道の花隈駅へ向かいます。行きは上りだった分、 今度は急な下り坂。一気に下っていきます。花隈駅に着くと線路に沿って湊川神社へ向かいます。
ブラジルの国の形を模って彫られています

三ノ宮駅~北野坂~トアロード

山本通り~花隈
神戸の神社を歩く~いかなごのくぎ煮を買う~
湊川神社といえば後醍醐天皇とともに鎌倉幕府の滅ぼし、
のちに足利尊氏と戦い忠義を尽くした楠木正成を祀った神社で地元では「楠公(なんこう)さん」と呼ばれています。
大きな鳥居をくぐると正面に本殿が鎮座し、左奥まで歩いていくとここ湊川で殉節した楠正成公の墓所があります。湊川神社を参拝し、
次なる神社へ向かいます。さて、「神戸で大きな神社を3つ挙げなさい」と言われれば生田神社、湊川神社、長田神社ではないでしょうか。
すでに前の2つは参拝済みですので3つ目の長田神社へ向かいます。長田神社へはさすがに歩いていくには距離があるので鉄道を使い、
高速長田駅へ向かいます。高速長田駅に降りるとまず目にするのが鳥居。ここから商店街が始まります。
もともと活気がある商店街なのでしょうが、あまりにも人が多すぎる感じがします。ここで、あるものを買うため近くの鮮魚店へ、
「いかなごのくぎ煮」。みやげ物ととしてではなく、普通の鮮魚店で売っているものが買いたかったので・・・ちなみに1パック500円。
※スズキ目イカナゴ科で玉筋魚(いかなご)といい、地域によっては「小女子(こうなご)」など呼び名が違うようです。これを主に醤油、砂糖、
生姜で煮詰めたものを「くぎ煮(さびた古釘のような形なので)」といい、春の風物詩となっています。
商店街にある鳥居
名物「いかなごのくぎ煮」
本日最初のお目当てのものをゲットして長田神社へ向かって歩きます。
大通りを右にそれて神社の鳥居へ向かいます。するとなにやらにぎやかな声が・・・なんとこの日は長田神社の商工祭!境内には出店がたくさん。
どうりで賑やかなはずです。人ごみをかきわけようやく参拝。
この日は商工祭!
参拝。この日の境内は賑やかだった

高速長田駅~長田神社
須磨を歩く
さて、参拝を終えたもののまだ昼すぎ。さて、どこへ行こうか地図を見たところ須磨が近い。
ということで須磨寺に決定!とりあえずもと来た道を戻り高速長田駅から乗車、須磨寺駅で下車します。
駅から須磨寺へは参道が一直線に伸びています。
この須磨寺には源平の合戦として有名な「一ノ谷の合戦」で源氏方・熊谷直実に討たれ戦死した平敦盛の菩堤を弔う寺です。
平敦盛という武将の名を一度は耳にしたことがあるはず、そうです。舞台や時代劇で織田信長が
「人生五十年。下天のうちに比ぶれば夢幻のごとくなり~」と謡い舞う幸若舞「敦盛」のモデルとなったその人です。
須磨寺へ到着
「平家物語」熊谷直実と平敦盛の場面を再現!
須磨寺から海へ向かって住宅街を抜けながらのんびり歩くこと約20分。綱敷天満宮に到着。 このあたりまで来ると磯の香りがし、海が近いことを実感します。そこからさらに5分ほど歩くと須磨海岸に到着。 さっそく海岸で赤い灯台の姿を発見!「旧和田岬灯台」。説明を読むと登録有形文化財に指定され、 明治時代の鉄骨造り灯台としては本州において現存する最古のものだそうです。ちなみに須磨の浦に来たのはただ、「海が見たかった」 なのでぶらぶら海岸を須磨駅に向かって歩きます。時期が時期ですので当然海水浴する人はいませんが、釣りをする人、 本を読む人など浜にはのんびりとした時間が過ぎていきます。空はどんよりとした曇り空。 雨が降ってきそうなので須磨駅へ向かって歩いていきます。すると前方にはかすかに明石海峡大橋の姿が、 橋の先に見える陸地は淡路島(ちょうどこの時期は鳴門のうず潮が見ごろだった)、しばらく歩くと今回のゴールとなった須磨駅に到着です。
旧和田岬灯台
駅の階段を下りると目の前は「海」

須磨寺駅~須磨寺

須磨寺駅~須磨海水浴場~須磨駅
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